「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【新東京書簡】第四十五信『虚像と実像の狭間を漂う17歳』後藤(18.8.29)

新東京書簡

第四十五信 虚像と実像の狭間を漂う17歳

■名声に追いつけ

ひたすら瞑想し、何日間も座して待つ。すると天啓のように光が差し、その着想をもとに一気に仕事が動き出す。

あるいは、さんざん遊びまくっているのに、湯水のようにアイデアが湧いてくる。

前者は「私は神に選ばれし芸術家なので、向こうから“降りてくる”のです」と言うだろうし、後者は「ぼくは天才作家だから、しゃかりきに働かなくてもいいの」と言うだろう。

こういうエピソードは、いっさい信用しないことにしている。自らの商品価値を高めるべく、ふつうの人間が努力で能力を身に着け作品をつくり上げたという過程を隠し、自分は特別な存在でございと、キャラクター設定に勤しんでいる可能性が高いからだ。

ただ、努力を隠すために煙幕を張っているのなら、これは演出の範囲で、悪質な嘘じゃない。むしろ問題なのは、実力よりも虚飾を膨らまそうとする人々だ。ボクシングの亀田兄弟はそうとう怪しかったけれど、でも彼らはリングに上がるための条件、最低限の実力は備えていた。行き着くところまで行ったのが佐村河内守。自身では曲をつくっていなかったわけだから、あれは詐欺としか言いようがない。

もう「久保くん」と呼んではいけない17歳の場合はどうなんだろうね。本物なのか。そうではないのか。

久保建英の横浜F・マリノスへの移籍が公式に発表された8月16日、ネットには彼に対する過大評価と過小評価が激しく交錯していた。実像を大きく見積もり「日本サッカーの至宝」と持ち上げるのも、虚像を大きく見積もり「もう終わった」とこき下ろすのも、少々冷静さを欠いている意見のように感じた。

あえて冷たく事実関係のみを言えば、移籍した時点の久保は、FC東京でのポジション争いに敗れてよそのクラブに移籍したフォワードにすぎなかった。東京ヴェルディで井林章とセンターバックのコンビを組み、J2出場28試合中27試合でスタメンを張った畠中槙之輔に比べ、プロでの実績では遙かに劣る。

それでも入団発表の際には、畠中の側が、久保についてのコメントを求められた。もちろん、囲み取材では畠中本人についての質問もひと通りされているのだろうけれど、大手メディアの記事で使われるのは久保に関するところだけ。ヴェルディのファンも海江田さんも、畠中の所信表明を詳しく知りたかっただろうにね。

J3でもパッとしなかった久保のネームヴァリューと期待値は、J1昇格を争うJ2上位チームに貢献していた主力選手との実績差をひっくり返すほどすごいものなんだと、あらためて認識させられる事態だった。

久保も彼の周囲も、これからがたいへんだ。名声が先に進んでいるから、それに結果と実力を追いつかせないといけない。その意味では天皇杯4回戦でアシスト、J1第24節で決勝ゴールをマークして、胸をなでおろしているかもしれない。

高校卒業前にプロ契約を望んだのは久保自身だ。厳しいようだけれど、プロになった以上は、契約に特別な事項を設けないかぎり、年齢に関係なく競争にさらされる。川崎にも東京にも戻る気はなさそうな様子だし、横浜でひと旗揚げるしかないんじゃないかな。

久保建英が見据えていたのはJ2でもJ3でもなく、あくまでもJ1のピッチだった。

久保建英が見据えていたのはJ2でもJ3でもなく、あくまでもJ1のピッチだった。

■“和製メッシ”じゃない?

ところで、

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