「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【フットボール・ブレス・ユー】第40回 君たちはどんな景色を見るのか ~中央国際高校サッカー部~(19.5.8)

4月から中央国際を率いることになった東京V普及コーチの赤坂幸紀監督(左)。植田文也コーチとともに指導にあたる。

4月から中央国際を率いることになった東京V普及コーチの赤坂幸紀監督(左)。植田文也コーチとともに指導にあたる。

ゲーム序盤、中央国際は最終ラインの裏を突かれて失点。さらにグラウンダーのクロスを蹴り込まれ、2点目を失う。このときの接触プレーで小坂は頭部を打ち、交代を余儀なくされた。大黒柱を失った中央国際はもう1点追加され、0‐3で敗れた。

東京V普及コーチの赤坂幸紀監督は言う。

「 biomはサッカーを通じた人間形成が目標。選手たちはさまざまな事情でここにきて、感情をうまく表に出せない子が多いんですね。指導者としてチームを強くしたい思いはもちろんありますが、個々が人間的に成長し、ひとりも辞めさせることなく送り出すのが僕たちの仕事です」

が、これはそう簡単ではない。東大和戦のメンバーで、3年生の先発は4名、控えに2名。半数以上を1、2年生が占める。

山下貴矢GKコーチはこう語る。

「よそのチームと違って、3年生主体で戦えないという難しさはあります。練習を休みがちになったり、ほかにやりたいことが見つかったのかサッカーから離れてしまう子もいますので。皆、これまで何かで勝つという経験が乏しく、サッカーに対しての温度差はどうしても出てくる」

赤坂や山下はピッチ外で選手の相談に乗り、できるだけ広く目を配るように努めるが、全員の目線の高さを合わせるのは困難なミッションだ。

僕は、川崎フロンターレで活躍した元日本代表のディフェンダー、箕輪義信から聞いた話を思い出す。現役引退後、神奈川県の公立高校の体育教師となり、サッカー部を指導することになった箕輪は、選手からこう問われた。

「勝ったからって、それが何になるんですか?」

神奈川はレベルが高く、全国屈指の激戦区だ。ひとつ、ふたつ勝ったところで、どうせいつかは負ける。自分はプロを目指せる選手でもない。だったら、必死になって勝とうとすることにどんな意味があるのかと。

この根源的な問いに、箕輪はしばし絶句する。自分の好きなもので人に負けたくない。その一心でプレーを続け、そんな発想があるとは思いもよらなかった。

「サッカーには、いろいろな好きがあっていいんですよ。クラブを応援するのが好き。選手を見ているのが好き。何かを書いて伝えるのが好き。ただし、スパイクを履いている以上は選手なのだから、選手としての好きをまっとうしてほしい。それが僕の考えた末の答えでした」

箕輪はそう言って、なかなか難しいもんですわと小さく笑った。

 

山下貴也GKコーチ。唐突に出番がやってきた1年生キーパーの平野丈之助を「楽しんでこい」と送り出した。

山下貴矢GKコーチ。唐突に出番がやってきた1年生キーパーの平野丈之助を「楽しんでこい」と送り出した。

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