「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【新東京書簡】第六十信『観客動員を考える2019』海江田(19.8.8)

今年の途中からお目見えした、コンコースのスターティングメンバーボード。こういうわかりやすい親切を増やしていってほしい。

今年の途中からお目見えした、コンコースのスターティングメンバーボード。こういうわかりやすい親切を増やしていってほしい。

■負の局面に接してこそ、クラブの本質や姿勢が見える

この際、おれがずっと気になっていることも書いておこう。攻撃から守備へと切り替わる、いわゆるネガティブトランジション。突如として逆風にさらされる負の局面。この深刻度が高いときほど、本来、クラブから責任者の声明が出されるべきなのだが、それがことごとくスルーされていることだ。

近年、責任者によるオープンな説明の必要を感じた事例は少なくとも3つあった。

(1)2018年2月、アカデミー育ちの郡大夢氏が条項に違反する「クラブの秩序風紀を乱す行為」があったとして契約解除。
(2)2018年11月、2年間メインスポンサーを務めたISPSが関係を継続できない事情を公表。
(3)2019年7月、ギャリー・ホワイト監督を解任し、永井秀樹監督の就任。

(1)は竹本一彦ゼネラルマネージャーがSBGの取材に応じたのみ。羽生英之代表取締役社長、普及育成を長く担当してきた山本佳津強化部長の両者は声明を出すべきだった。ひとりの選手を心から大事に扱えずして「育成のヴェルディ」を謳う資格がどこにあるのだろう。たとえ周囲が止めても、自分からひと言だけでも言わせてほしいと矢面に立つ、あるいはせめてもの報いとして減俸を自らに課すのが上に立つ人の役目ではないのか。(2)と(3)についても同様に、クラブから能動的に発せられる説明があってほしい。

本来、サッカー観戦において、社長がどうだとか、強化が誰だとかを気にする人はいない。入口の段階では関係ないが、その後の定着率には大きく関わってくる。負の局面に接してこそ、クラブの本質や姿勢が見えるからだ。そこで、人は自分のお金と時間を費やすに値するかをシビアに見定める。

こういった世の注目を集める由々しき事態で、東京Vがクラブとして取る態度はふたつしかない。静観と黙殺。ただひたすら嵐が頭上を通り過ぎるのを待つ。戦略と言えるほど上等なものではなく稚拙に映るが、方針として見えるのはそれだけだ。

一見、これは賢い策に見えなくもない。その場で受ける傷は最小限で済み、時間の流れが問題を薄めてくれる。晴れの舞台に立ち、景気のいいことをぶち上げれば、きれいに印象を上書きできる(本当はそうではないけどね)。

不祥事に際してアグレッシブに泥をかぶり、人々に情理を尽くして説くことは、信頼を強固にできる好機でもあるのだが、決してそのリスクは取らない。

リスクマネジメントを重視し、とにかく損をしないことを第一に考える生き方と似ている。よかった、今日も損をせずに済んだ。明日も決して損はすまい。そんな賢い選択を積み重ねてきたはずなのに、マイナスは計上していないはずなのに、目の前に巨大な損の塊が出来上がっているのはなぜだ。どうして、自分だけ周囲から取り残されてしまったんだろう。

そこに至って、ようやく気づくのだ。ああ、ほかの何ものにも代えがたい「時間」を失ってしまったんだな、と。

 

『スタンド・バイ・グリーン』海江田哲朗

 

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