「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【フットボール・ブレス・ユー】第46回 あなただけに ~株式会社PASU 谷口友星~(19.12.4)

第46回 あなただけに ~株式会社PASU 谷口友星~

いままで、人からもらって一番心に残っている物の話をしよう。

僕は、30歳になる年に付き合いの長い友人を亡くしている。セガッチョ。福岡で過ごした高校時代、クラブ活動の自主映画を通じて知り合い、大学進学を機に東京に出てきてからもよく一緒に遊んでいた。

一周忌、セガッチョの実家に集まった僕らに、「これ、みんなに用意したけん。持っていき」とお父さんが小さな紙袋を渡してくれた。桜の木でつくった手製の判子だった。

英字新聞でこしらえた紙袋は、ひとりずつ違った。僕のはイングランド代表のマイケル・オーウェンの活躍を伝える紙面である。

「てっちゃん、サッカー好きなんやろ?」

虚を衝かれた。セガッチョ、そういう話を親にしとったんやなあとこみ上げてくるものがあった。親が息子の友人の趣味嗜好に通じているのは、互いの家に泊まったり、行き来のあった学生時代を経たからこそだろう。

本来、僕はそのへんに関して細やかな神経を一切持たない。プレゼントの包装紙など、大抵その場でビリビリに破いて捨てる。ちょっと見栄えをよくするための、ただの飾りじゃないか。そんな僕がこれだけはゴミ箱に放ることなく大事に取ってある。

「あ、ついでにこれもあげるわ。うちは誰も吸わんから」とお父さんから恩賜の煙草を一箱もらい、ふ~ん、天皇から下賜された代物ってのはどんなもんかねとその場で火をつけたら、「あのね、それは大事なときに味わうものなんよ」とたしなめられた。んなこと言われても、煙草は煙草だろとしか思わなかった。

この一件は、自分にとって物の価値がどういうものであるかをはっきりと示した。近頃、手紙を書く機会はめっきり減ったが、桜の木の判子はいまも活躍してくれている。

 

イングランド代表のマイケル・オーウェン。時代ですねえ。セガッチョのお父さんは建築士だった。白い塗料を塗り、周辺をやすりがけしてなじませる。そして見本の判子をポン。なんて丁寧な仕事だろう。

イングランド代表のマイケル・オーウェン。時代ですねえ。セガッチョのお父さんは建築士だった。白い塗料を塗り、周辺をやすりがけしてなじませる。そして見本の判子をポン。なんて丁寧な仕事だろう。

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