「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【インタビュー】『東京ヴェルディの明日はどっちだ』中村考昭代表取締役社長に訊く・後編(21.8.25)

■ホームタウン、サポーターとの関係性

――私の感じたことを聞いてもらっていいですか? いまの中村社長の話は、羽生前社長も言っていて、その前の日本テレビから出向してきた歴代社長も同じ見解でした。たしかに可能性はあります。先ほど言ったように、東京Vが周りから興味を持たれるように変わってきたのはいい変化だと思います。一方、経営陣が何度交代しても、ずっと変わってないことがあるんです。興味を持たれたい気持ちの強さと裏腹に、地域に対しての興味がとことん薄い。中村社長はホームタウンを大切にしたい気持ちはおありでしょうが、実際、稲城市に興味あります? ないですよね。多摩、日野、立川にも。人間関係や恋愛に置き換えて、自分は興味を惹きたい、でも、あなたにはたいして興味がないの。そんなのうまくいくわけがないと思いませんか? 東京Vが停滞する一方、近年最も大きく飛躍したのが川崎フロンターレです。タイトル獲得のセレモニーでは、特製の風呂桶を掲げるのが恒例になっています。「フロ」を引っかけた、ベッタベタのシャレですよ。でも、あそこの人たちはスタッフ全員が基本的に川崎市で生活し、地域に興味を持ってアンテナを張っていたから地元に根づく銭湯文化と結びつけられた。シーズンの頭と終わり、自治体の首長に挨拶に出向くじゃないですか。そのときは「このへんでうまい店どこっすか?」と聞いて、森本代表取締役代行といってほしいんです。ここで暮らしている人はどんな生活をして、東京Vがどんな存在であるかを少しでも知ろうとしてほしい。そこの興味を持てなければ、永遠に変わらないと思います。
「わかります。ホームタウンの体制も改善し、関係性の持ち方を変えていっているところです。こちらから歩み寄らないと、向こうからも近づいてきてくれない。それはそのとおりでしょう。今年からいろいろ手を加えてきたなか、試合会場で改善が必要だと感じて動いたことがあります。試合で勝利し、選手がゴール裏のサポーターに挨拶をして、喜びをシェアする場面がありますね。そのゲームでヒーローになった選手や初出場の選手がトラメガを使ってしゃべるじゃないですか。あの声はスタジアムの一部であるゴール裏にしか聞こえてない。それはおかしいと思ったので、今季の途中からマイクを入れてスタジアム全体に聞こえるようにしました」

――それは気づきませんでした。試合が終わると、取材の準備で中に引っ込んでしまうので。
「ほとんどの人は気づかない小さなことですよ。ただ、それがこれまでの東京Vを象徴する光景に映りました。唯一無二の貴重な瞬間を、特定の一部の人にしか届けようとしてこなかった。ほかの人たちもたくさんいるのに、無視を決め込んでいたようなものです。非常に小さなことですが、そういった大事と思えることを一つひとつやっていきたいと思います」

――長いお仕事になりそうですね。
「これは私の持論ですが、スポーツチームの経営者は長期、中期の視点で経営すべきで、仮に交代することがあっても前任者と考えが大きく違ってはいけないんです。ゼビオから派遣されている私が退いたとしても、安定して成長していく土台が築けていれば何ら問題はありません」

――クラブの哲学に基づいて経営されるもの。
「そのとおり。今日は質問にあったことで芯を食わないところもあったかと思いますが、ゼビオグループは一部上場企業ですので、子会社の株式の取り扱いについては何も話せないんです。むしろ、軽々しく言えるような状況にあったこと自体が不健全。サポーターの皆さんには騒動でご心配をおかけしましたが、社会公共財としてより豊かな存在に、成長を続ける組織をつくっていきます。プライベートカンパニーからパブリックな組織法人体にステップアップした転換期と捉えていただければ幸いです」

 

【取材後記】
今回、本邦初公開の中村考昭代表取締役社長のインタビューは新たにクラブの舵取りを担う所信表明であり、クラブの現在地を認識するはじめの一歩です。初手としてはこんなところかなと思う一方、いったい、この10年はなんだったんだろう、としばらくぼんやりしちゃいましたね。きっと似たような所感を持った読者は少なくないでしょう。「プライベートカンパニーだった」って、思い当たるフシはあれどすぐに飲み込めるものではありません。それなりに楽しいこともあって、返してくれとは思いませんが、誰だって釈然としない気持ちになろうというものです。
SBGとお付き合いの長い方々には説明不要でしょうが、記事をオープンにしたのはアクセシビリティを重視したためです。これが川崎フロンターレや浦和レッズ、横浜F・マリノスだったら、いちいち気にする必要はないんですよ。マスメディアの注目度が高く、地元メディアの支えもある。ほっといても、あちこちから新社長の談話が出てきます。かたや地方クラブはマスがカバーしきれない代わりに、地域に根づくローカルメディアが発達しています。東京ヴェルディにはどちらもありません。今後の見通しも明るくないです。
一部が享受する利益より、全体の利益や公共性が優先されるべきケースがある。一部の利益、気持ちよさを追求した行いの積み重ねが、いまの東京Vの姿を形づくったという見方を僕はしています。日本代表のワールドカップ最終予選のアウェーゲーム中継をDAZNが独占する時代。それに逆行する考え方なのは承知の上です。このやり方でメディアを運営する採算ラインを割って立ち行かなくなるようであれば、SBGの思想丸ごと含めて価値がないということですからきれいに消え去ればいい。負けたなあ、と僕はおとなしく引っ込みます。

 

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