「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【トピックス】検証ルポ『2021シーズン 緑の轍』序章(21.12.20)

2021シーズン、東京ヴェルディは勝点58(16勝10分16敗、得点62失点66得失点-4)の12位に終わる。昇格争いを遠くに見やり、一時は降格の危機さえ忍び寄る緊迫したシーズンとなった。
緊迫感はピッチ内にとどまらない。夏、永井秀樹前監督のハラスメント疑惑は強いハレーションを起こし、指揮官の交代にまで至る。チームが空中分解してもおかしくなかったが、踏ん張れたのはなぜか。それは泥まみれの苦境のなかからしか生まれないものだったのかもしれない。

 序章 明日がふたつにも、3つにもなる

冬枯れの草むらをかき分け、金網の扉の前に立つ。南京錠が取り外され、錆びついた門はギイーッと耳障りな音を立てた。

2021年1月14日、東京ヴェルディはシーズンの始動日を迎えた。特別な日とあって、トレーニングはメディアに公開され、通常はサポーターが見学するエリアに招き入れられた。見上げると、抜けるような青空が広がっている。

昨年から引き続き、クラブハウスに立ち入ることはできないが、感染対策上それはやむを得ない。首都圏のJクラブでは完全シャットアウトが珍しくなく、できるだけオープンにし、情報を発信するメディアと協調の配慮があるのはだいぶ恵まれているほうである。

そろそろ11時になろうかという頃、選手たちがグラウンドに姿を現した。ルーキーの佐藤久弥は順天堂大がインカレに勝ち残っているため不参加。同じくインカレに出場し、休養が必要と見られた佐藤凌我、持井響太、ブラジルから来日したばかりで隔離期間にあるマテウスもまたチームに合流していなかった。

トレーニングの開始前、ピッチの中央で必勝祈願が行われた。神職の祝詞奏上を前に、選手とスタッフに加え、中村考昭代表取締役、森本譲二代表取締役代行、江尻篤彦強化部長らが厳かな面持ちでこうべを垂れている。遠目からでもひと際目立っていたのがラモス瑠偉氏。2020シーズンの開幕前、チームダイレクターの役職に就いたが、具体的にどんな仕事をしているのか活動の内容はとんと聞こえてこないままだ。

グラウンドの入口付近に目を移すと、ずっとスマホをいじって顔を伏せたままの人がひとり。僕も信心の浅さでは人にとやかく言えたものではないが、神事の最中くらいは自分のことを脇に置いておこうと努める。いったい誰だと望遠レンズをズーミングすると、梅本大介ゼネラルマネージャーだった。

無関心の意味はほどなくしてわかる。その日の夕方、梅本GMの退任がリリースされた。報告のみに留める、じつに簡素なものだった。昨年末、クラブの経営権をめぐるバトルにおいて、彼なりの闘争があったのだろう。

失望は、ない。またひとり、通り過ぎていったと思うだけである。広げっぱなしの大風呂敷は畳まれることなく放り出され、やがて誰からも忘れ去られる。

徹底的にだらだら過ごした正月に読んだ一冊に、瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された 』(文藝春秋)があった。主人公は、血のつながらない親の間をリレーされ、4回も名字が変わった優子。一般的にはいわゆる複雑な家庭の子に分類されるが、物語のトーンはいたって明るい。何より、大人との出会いに関し、女の子はグレートラックを持っていた。

ストーリーの終盤、ひとりの継父はこう言った。

〈自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない? (中略)優子ちゃんと暮らし始めて、明日はちゃんと二つになったよ。自分のと、自分のよりずっと大事な明日が、毎日やってくる。すごいよな〉

何かをとことん好きになることもまた、これと似たところがあるように思えた。動物、映画、音楽、アニメ、アイドル。ひとつのサッカークラブが日常の柱となれば、チーム、監督、選手と興味はとめどなく広がり、明日はふたつ、三つどころか、それ以上にもなる。

社会的に直接貢献しないライター稼業を長く営んできた僕のなかのベースには、それを肯定し、いいことに違いないと決めつける信仰らしきものが横たわっている。

むろん、明日がいくつもあるのは楽しみばかりとは限らず、一緒に付いて回る厄介なことも引き受けなければならない。何をいまさら、そんなわかり切っていることを。

あの日、草木をゴウと揺らす冬の冷たく乾いた風。僕は身体を小さく丸め、カメラのファインダーを覗く片目は閉じまいとするだけで精一杯だった。

 

(検証ルポ『2021シーズン 緑の轍』序章、了)

 

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