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【無料記事】組み合わせよりも日程に恵まれた日本 アジア最終予選ドローについての私見

 今回はこの話題に触れないわけにはいくまい。4月12日に決定した、ワールドカップ・アジア最終予選の組み合わせである。周知のとおり日本は、オーストラリア、サウジアラビア、UAE、イラク、タイと同組になった。同ポッドだった韓国をはじめ、やや苦手意識のあるイランやウズベキスタンと別グループになったことから、業界内では安堵感が広がっているようだが、果たして日本は「楽なグループに入った」のだろうか。持論を展開する前に、まずは少し寄り道をすることにしたい。

 私がドローの結果を知ったのは、『ティアスサナ』というお店で、ディープなサッカー談義が一息ついた時であった。スマートフォンで確認して、すぐに「オーストラリアと同組ですね!」と周知したのだが、同席者の反応は今ひとつ。むしろ昔の南米予選の話題で盛り上がっていた。実は、このお店の店長さんは大のペルー代表ファンで(お店の料理もペルー料理がメイン)、店内にはトヨタカップで来日した選手たちの写真やサインやポスターがところ狭しと飾られてある。首都圏在住のコアなサッカーファンの間で「ティアスサナ」と言えば、マニアックな南米サッカーのお店としてつとに有名だ。

 そんな中、たまたま同席していた年季の入ったアルゼンチンファンの方から「そういえばアルゼンチンがペルーに勝てず、初めて南米予選で敗退になった大会がありましたね」というトリビアを聞き、妙に気になった。調べてみると、なるほど確かに70年メキシコ大会の予選で、アルゼンチンは同組のペルーに対して1分け1敗で負け越している。

 実は、この頃の南米予選は現在のような10チーム(もしくは9チーム)の総当りではなく、3つのグループに分かれ、それぞれの首位が本大会に出場するレギュレーションだった。この予選でアルゼンチンと同組だったのは、ペルーの他にボリビアのみ。当時、ペルーには売り出し中のテオフィロ・クビジャスがいたが、実力的にはまだまだアルゼンチンのほうが上であり、格下の2チームに勝ち越せれば、彼らのメキシコ行きは確実と思われていた。

 ところが、第1戦と第2戦はいずれもアウエー。しかも初戦が行われるラパスは、標高3500メートルの高地にあり、アルゼンチンにとっては鬼門中の鬼門であった。結果、ボリビアに1−3、ペルーに0−1で連敗。これではホーム2連戦での挽回は厳しい。加えて、この頃の南米予選は69年7月27日から8月31日までの短期決戦。3年かけて18節を戦う現在の予選フォーマットも過酷だが、およそ1カ月間にたった4試合ですべてが決まってしまう当時の南米予選は、1試合の重みが今とはまるで違っていた(だからこそ半世紀近く経過した今でも、この頃の南米予選は多くのファンに語り継がれるのであろう)。

 ここでようやく本題に戻る。現在のワールドカップ予選は、どの大陸予選においても、それなりに時間をかけて開催され、できるだけ公平な(つまり地力のあるチームが勝てるような)フォーマットで行われている。アジアについてもしかり。「ドーハの悲劇」で知られる94年大会の最終予選は、わずか13日間のセントラル方式であったが(日本は4戦目の韓国戦を除いて中2日のペースで戦っていた)、その後はアジアでもホーム&アウエー方式が採用されるようになって今に至る。

 さて、今回のドローで注目すべきなのは、対戦相手よりもむしろ日程である。2016年のスケジュールは以下のとおり。

【1】9月1日 UAE戦(H)

【2】9月6日 タイ戦(A)

【3】10月6日 イラク戦(H)

【4】10月11日 オーストラリア戦(A)

【5】11月15日 サウジアラビア戦(H)

 初戦で対戦するUAEとは、去年のアジアカップ準々決勝でPK戦の末に敗れている。それだけに、ホームとはいえ(あるいはホームゆえに)非常に重圧のかかる試合となろう。続いて対戦するタイは、最も低いポッドだったとはいえ、最終予選最初のアウエー戦。ゆえに、どちらも決してお気楽な試合にはなり得ないが、対戦順としては悪くはない(というよりも理想的である)と言えよう。この2試合で勝ち点4以上を確保できれば、日本は余裕をもってその後の戦いに臨めるはずだ。

 ところで、今回のドローで個人的に気になる相手は、昨年のアジアカップでベスト4入りしたUAEとイラクである。オーストラリアは展開次第では「紳士協定」が組める相手だし、サウジはアジアカップでの戦いを見る限り90年代の絶頂期からは程遠い印象。むしろ同大会で経験値を積み、自信を深めたUAEとイラクは、ベスト8に終わった日本にとって非常に厄介な相手であると認識している。

 いささか月並みな表現になるが、まずは9月1日の初戦に勝利して(どんな形でも良い。結果がすべてなのだから)、PK戦で敗れた「シドニーの悪夢」を払拭すること。仮に初戦を引き分けたとしても、アウエーのタイ戦で勝ち点3を積み重ねれば問題ない。ただし、この試合も引き分けに持ち込まれたら──そうなると、ちょっとまずい。ホームのイラク戦、アウエーのオーストラリア戦は、かつてない重圧にさらされることになるのは必至。70年大会予選のアルゼンチンのような状況が、われわれを待ち受けているかもしれない。

 繰り返しになるが、今回のドローの結果は決して楽観できるものではないが、日程に関しては恵まれたと見てよいだろう。しかしながら、序盤の2試合でこのアドバンテージを生かせなかったとしたら、かなり苦しい戦いとなることは覚悟しなければならない。SNSでは早くも「98年予選のヒリヒリするような経験を再び!」という書き込みを見かけるが、条件さえ整えば、その願いはすんなり叶えられそうな気がする。

<この稿、了>

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