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【無料記事】「言い訳ができない」熊本の戦い 今日の現場から(2016年6月4日@Cスタ)

 豊田スタジアムで行われたキリンカップ(日本対ブルガリア)の取材を終えて、ちょっと岡山まで足を延ばしてきた。カードはJ2リーグ第16節、ファジアーノ岡山対ロアッソ熊本である。

 先月22日、地震後初のホームゲームを柏で開催した熊本については、こちらのコラムに書いたとおり。あれから時間の経過とともに、被災地関連の報道は減少し、ロアッソ熊本に関するニュースも目にすることは少なくなった。

 地震発生から間もなく2カ月。最近では被災地が「日常」を取り戻そうとする様子も報じられるようになった。ただしその「日常」とは、被災地でない場所で暮らすわれわれからは想像し難い「非日常的日常」であったりする。そしてそれは、J2リーグに復帰した熊本についても同様であろう。

 復帰以降の熊本が戦った会場は、千葉(5月15日)、柏(22日)、神戸(28日)、そして岡山(6月4日)。選手とサポーターはサッカーができる喜びを噛みしめる一方で、ずっと続くアウエー状態にそろそろ疲労感を覚えているはずだ。しかも、3月26日の第5節のV・ファーレン長崎戦を最後に、勝利からも見放されている。ゴールは4月9日のレノファ山口戦が最後である。

 当初は誰もが「Jリーグがある日常に戻ってこられてよかった」と思っていた。しかしそれが、次第に重荷に感じられるようになる瞬間も、もしかしたら当事者の間であったのではないか──そんなことを時おり考える。たとえばの話、他クラブのスタジアムを借りてホームゲームを行うことについても、いろいろと気を遣うことはあるだろう。そこに、何とも言葉にしづらい「非日常的日常」の苦しみがあったとしても、何ら不思議ではないと思ってしまうのだ。

 この日の熊本は、前半24分に田中奏一のゴールで先制されたものの、後半6分に今季初スタメンのアンデルソンがゴールを決めて同点に追いつく。地震後初のゴールに、サポーターは大いに沸いた。しかし後半20分、そのアンデルソンのファウルによって、岡山がPKを獲得。矢島慎也が冷静に決め、これが決勝ゴールとなった。

 試合後、アンデルソンに代って後半36分に出場した巻誠一郎のコメントに耳を傾けた。「これで6連敗ですか。厳しいですが、これが実力でしょう。コンディションは震災前と変わらないし、試合も重ねているわけですから、言い訳はできないですよね」。その上で、彼はこう続ける。

「(アンデルソンのゴールで)半歩くらい前進したかもしれないけど、僕らはプロですから、求めているのは勝ち点であり勝利です。チームとして、どこか逃げているところがあったのかもしれない。『コンディションが』とか『上手くいってない』とか。そうではなくて、たとえば球際とか、ゴールに向かっていく姿勢とか、そういう(基本的な)ところを忘れてはいけないと思います。もう一度、自分たちを見つめなおすところから始めないと」

 この敗戦により、熊本は降格危険水域の19位にまで後退。時を同じくして、地震によるクラブ経営の悪化について報じられるようになったことも気にかかる(参照)。被災地のクラブが「日常に向けて歩みを進める」ということは、こうした激しい痛みを伴うということなのだ。地震発生から、間もなく2カ月。ロアッソ熊本の「言い訳ができない」戦いは、これからも続く。

<この稿、了>

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