宇都宮徹壱ウェブマガジン

「エア取材」告発の行方を心より憂慮する 会社同士の泥仕合を受けて思い出したこと

写真は2004年12月に発売された『サッカー批評 ISSUE25』。宇都宮にとっては生涯忘れることのできない号である。

 本来の目的から逸脱して、会社同士の泥仕合になっている──これが一連の「エア取材」騒動に関しての私の率直な感想である(あえて「騒動」と表現した理由については後述する)。本件の流れについては、清義明さんがわかりやすく整理してくれているので、こちらを参照していただきたい。

 さて本件に関して、これまで私はSNS上ではコメントすることはもちろん、RTすることもあえて控えてきた。もちろん「エア取材」なるものが実際に行われていたのなら、それはすなわち捏造記事であり、断じて許されるものではない。が、そもそもこの話題は(当WMをご覧の皆さんならよくご存じだろうが)、すでに今年の春から『フットボール批評』にて、3回にわたって問題提起されてきたものである。それがここにきて、いきなり炎上案件となったことについては、正直「今さら感」が否めない。

 今回の状況をわかりやすく言い表すとしたら、「多摩川の河川敷で見つかった不発弾が、なぜか銀座のど真ん中に持ち運ばれて爆発・炎上した」ということになるだろうか。読者の数を通行人の数で見立てるならば、まことに遺憾ながらサッカー専門誌は「河川敷」、Yahoo!は「銀座のど真ん中」となる。あまりに人通りの多いところで爆発・炎上したために、当事者のみならず業界そのものが少なからぬ痛手を受けることとなった。

 今回の件で、私がまず衝撃を受けたのが「エア取材」云々ではなく、まさにこの点に尽きる。わが国において「サッカー」というジャンルが非常にニッチな世界であることは、(それなりに長く仕事をしているので)もちろん認識していた。加えて、Yahoo! JAPANに極めて近いところで仕事をしているし、いちおうYahoo!個人のオーサーでもあるので、その影響力については理解しているつもりであった。にしても、この圧倒的な反響の差というのはどうだろう。わが国におけるフットボール(あるいはスポーツ)言論がいかに脆弱であるか、そして紙媒体の発信力がいかに凋落しているのか、ありありと提示されたと言ってよいだろう。

 話を「エア取材」騒動に戻す。私が本件を「騒動」と断じるのは、当初は「業界の悪しき習慣の浄化」を目的としていたであろう田崎健太氏の告発が、今回の炎上によってカンゼンとフロムワンという会社同士の泥仕合の様相を呈してしまっているからにほかならない(カンゼンは『フットボール批評』の版元。フロムワンは、田崎氏が「エア取材の疑いあり」とした媒体のひとつ『ワールドサッカーキング(WSK)』の版元)。こうなると、多くのサッカーファンや同業者にしてみれば、もはや「騒動」以外の何ものでもない。

 今回の騒動が、告発する側・される側の意図するところとは別に、いくつかのリスクがもたらされることを私は懸念している。さしあたって考えられるのは以下の5点。

(1)サッカーにそれほど関心がない一般層に「サッカー雑誌ではエア取材が常態化している(つまりいい加減な業界である)」という誤解を与えてしまうリスク。

(2)本題から離れたところでの会社同士の言い争いがSNS上で展開されていることで、サッカーファン(さらに言えば両媒体の熱心な読者)の心が離れてしまうリスク。

(3)狭いサッカー業界が「敵・味方」に分断されてしまうリスク。

(4)検証にかかる時間とコストが通常業務を圧迫するリスク。

(5)仮に白黒ついた場合、どちらかの媒体が休刊となるリスク。

 (4)と(5)については補足説明が必要だろう。

 まず(4)。個人的な見解として「取材があったか、なかったか」については、現地の広報やジャーナリストとメールのやり取りをするだけではなく(ましてや疑いのある媒体に対して「証拠を出せ」と迫るのでもなく)、告発する側が現地に飛んで、クラブ関係者や取材を受けたとされた選手から証言を引き出すのが筋だと思う。果たして、そこまでやりきる覚悟がカンゼン側にあるのだろうか? そして、クラブ側の全面協力と疑惑の確証が得られるという勝算は、果たしてどれだけあるのか? 私はむしろ、時間とコストに見合った成果を挙げるのは、状況的に見て非常に厳しいと思う。

 それから(5)。事実を徹底追求すること、そのこと自体は否定しない。ただし「業界の悪しき習慣の浄化」がエスカレートして、本件にまったく関与していない同業者が仕事を失うことになれば、結果として誰も幸せにはならない(同様の懸念は、西部謙司さんもツイートしている)。

 最悪の事態となる前に、業界の片隅に居る者として、何かできることはないか。そう考えたときに思い至ったのが、私自身の手痛い失敗談を開陳することであった。本当はあまり思い出したくない、できればそっと胸の中にしまっておきたい蹉跌ではある。ついでに言えば私の失敗談が、直接的な問題の解決になるとも思えない。それでも当事者(とりわけ告発側)には、何かしら響くものがあるのではないかと考え、恥を忍んでここに書き記すことにする。

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