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【無料記事】献本御礼『野球崩壊』広尾晃(著)

 今年の流行語大賞が「神ってる」に決まった。私はまったく知らなかったのだが、今年のセリーグを制した広島カープの緒方孝市監督が、鈴木誠也選手の好調ぶりを指して表現した言葉らしい。そういえば昨年の同大賞に輝いたのも「トリプルスリー」で、こちらもプロ野球からの流行語(らしい)。2年続いての野球界からの大賞に、違和感を覚える向きも少なくないようだが、個人的な感慨としては「ああ、やっぱり日本は『野球の国』なんだな」というものであった。

 実際、選考委員会の面々を見ると、まだまだ野球世代が幅を利かせているのは明らかである(参照)。しかし一方で、若い世代の野球離れは、実はかなり深刻化しているという。そうした警鐘を鳴らしたのが本書。著者の広尾晃さんとは直接の面識はないが、『野球の記録で話したい』というブログを運営しており、その方面ではかなり知られた書き手である。その文体は非常に丁寧かつわかりやすく、私のような野球音痴でもすいすい読むことができた。

 本書の説得力を支えているのは、文体だけではない。具体的なデータや識者へのインタビューを織り交ぜつつ、サッカーをはじめとする他競技やアメリカをはじめとする諸外国の事例にも目配りしており、幅と厚みをもたせながら「若者の野球離れ」を明らかにしている。個人的に気になったのが、メディアの役割。読売、朝日、毎日の三大紙は、野球を利用しながら部数を拡大してきた歴史を持つため、「今そこにある危機」を報じるのに及び腰なのだという。こうした問題を積極的に取り上げているのが、高知新聞のような地方紙であることにも問題の根深さを感じる。

 第5章では「サッカーに学べ」として、野球界から見たJリーグの発展や育成年代の取り組みを取り上げており、さらには川淵三郎JFA最高顧問へのインタビューも行っている。サッカー界も決して問題がないわけではないが、野球界からリスペクトの眼差しを向けられると、何やら照れくささのようなものを禁じ得ない。とはいえ、普段とは異なる視点からJリーグを見直してみるというのは、意外と得難い経験だ。他競技から得られる学び、という意味では買って損はない本だと思う。定価1300円+税。

【オススメ度】☆☆☆☆★

「帯の煽り文句と川淵さんの笑顔に、何やら恣意的なものを感じるのは私だけでしょうか?」

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