宇都宮徹壱ウェブマガジン

作家の僕が書店員になった理由 中村慎太郎(作家/書店員)インタビュー<2/2>

<1/2>はこちら

■「いい本を作ろう」から「届く本にしないと」へ

――IT系のベンチャー企業である株式会社Labitが、渋谷でカフェのある書店をオープンさせた理由というのは、何だったのでしょうか?

中村 ウチの会社は『ブクマ』という書籍専門のフリマアプリを開発しているんですけど、「本屋というものは本来、メディアとして機能していて刺激を得られる場である」というのが社長の考えなんですね。そういう場を提供することで、僕のような作家も含めて「つくる人を応援する」というのがコンセプトとしてありました。

――なるほど。確かにここは落ち着いて仕事がしやすい環境ですよね。ネットや電源が使えることもそうですが、渋谷にありながらとても静かですし。

中村 僕が初めてここに来て、仕事が捗ったのも必然的だったのかなと思っています。照明の感じも、ここは大学の研究室に近いイメージですね。あそこにあるハイテーブルなんか、まさに実験の時に使うような高さですよ。

――今、気づきましたけど、テーブルと椅子の高さがそれぞれ違いますね。ゆったりソファーに腰掛けたい人もいれば、立って作業するほうが効率的という人もいるわけで。

中村 そこはすごく面白いなと思います。カフェとしての利益を最大化するんであれば、一律の机でぎゅっと詰めてやる方がいいんですけど、ここは空間的に面白くしたいという意図があるので、その意味では若干効率が悪いですね。

――でも、利用者としてはありがたいですよね。実際のところ、カフェの売り上げと書籍の売り上げの比率は?

中村 今は断然カフェですね。次にイベントで最後に書籍です。場所が奥まっているのも、原因のひとつにあるかもしれません。実はここのビルはわりと由緒正しくて、『FORUM 8(フォーラムエイト)』という会議スペースも入っているんですよ。入り口がちょっとわかりづらいのが難点なのですが。

――確かにそうですよね。そんな中で、書籍の売り上げアップが中村さんのミッションとなっているわけですが、実際に任されてみていかがですか?

中村 まだまだ道半ばですね。書籍が売れない時代に書籍を売るというのは、生半可な志ではできないので、一生涯の仕事になるかもしれません。

――それこそサッカー本コーナーも、最初はなかったんですよね?

中村 なかったですね。モウリーニョの自伝だけがなぜか一冊だけ置いてある状況でした(笑)サッカー本に関しては、新規ユーザーの獲得という趣旨でアイデアを通しました。やってみたら、けっこう売れていますね。中でも一番売れているのが、ロック総統の『蹴球文化論』です。

――総統の本は意外と売れていますよね(笑)。とりあえず書店員を1カ月やってみて、本に対する見方や考え方にかなりの変化があったと思うんですが。

中村 いろいろ変わりましたね。「いい本を作ろう」というよりも「(読者に)届く本にしないと」という考え方になりました。それと、書店という場所はもっと面白くなるんじゃないかと思うようになりました。

 先ほども言いましたけど、取次という存在は作業を効率化させる一方で、どこの書店に行っても同じような新刊が並んでいて、同じようなPOPが置いてあるという状況も生んでしまう。流通を効率化すると個性が消えていくわけです。もっとも、最近は取次さんも変わってきたようで、取引をしている日販さんが個性のある書店としてやっていけるように積極的に関わってくれていますが。

――でもまあ、確かにウチの近所の本屋さん行っても、まったく面白さが感じられないですよね。書店という場所は本来、もっとワクワクさせる場所であるべきだと思うんですが、どこもそんな余裕がない感じですよね。

中村 ですから僕は、もっと書店の個性を出すべきだし、そのためには書店員の個性を出すのも手だなと思っています。本屋大賞もそういう流れから始まっていたように思います。そんな中で、僕のような本を書く作家が書店員をやったら、もっと面白くなると思うんですよ。

――なるほど、作家が書店員だったら、書籍コンシェルジュみたいなこともできますよね。

中村 実際、僕が強力に推した本を知り合いが買ってくれて、しかも満足してくれることってわりとあるんです。それって、現役サッカー選手がMVPを評価するのと同じで、「この文章はこういうところがすごい!」みたいな話って、すごく刺さるみたいです。

(残り 3426文字/全文: 5221文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック

会員の方は、ログインしてください。

1 2 3
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ