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【無料公開】欧州サッカーがグローバル化で得たものと失ったもの 片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家)インタビュー<1/2>

 1月25日と26日にアップされた、ジャーナリストで翻訳家の片野道郎さんのインタビュー記事を無料公開する。片野さんは昨年12月に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける:「プラネット・フットボール」の不都合な真実』を上梓。この本は私にとり、2017年のサッカー本の中でもっとも読み応えのあるものであった。年末年始で片野さんが帰国されたおりにお時間をいただき、本書についてさまざまなお話を伺った。

 本書のメインテーマは「資本と市場のグローバル化」が、欧州サッカー界に何をもたらしてきたか、である。世界のサッカーの中心が欧州であることは、ここ20年で変わってはないが、そこで影響力を行使する「プレーヤー」の顔ぶれは様変わりした。すなわち、ロシア、カタール、中国、そしてアメリカの4カ国。ロシアとカタールはワールドカップ開催国にしてエネルギー大国、そして中国とアメリカはGDP1位と2位にして世界を二分する超大国である。

 メガクラブの戦略や移籍ビジネス、そしてサポーターなど、本書の内容は多岐にわたっている。だが今回のインタビューでは、上記した4カ国が「資本と市場のグローバル化」を背景に、欧州サッカーに何をもたらしたかについて、片野さんとの語らいから探っていくことにしたい。(取材日:2018年1月15日@東京)

<目次>

*「CLからこぼれ落ちるディテール」を一冊の本に

*アブラモビッチは「オリガルヒ」最後の生き残り

*カタールでのワールドカップ開催は「FIFAの歪み」

*中国資本参入の背景にある「パトロン型経営」の限界

*堅実な発展を遂げたアメリカ・サッカー界の2つの誤算

*ヨーロッパで起こっていることは日本でも無縁ではない

■「CLからこぼれ落ちるディテール」を一冊の本に

──今日はよろしくお願いします。片野さんのオリジナル単著としては『チャンピオンズリーグの20年』以来の大作となるわけですけれど、Facebookでの書き込みを拝見すると「ずっと出さないといけないと思いながらやっと出せた」そうですね。まずはそのあたりの経緯から教えていただけますでしょうか?

片野 『チャンピオンズリーグの20年』という本は、世界的にもトップのコンペティションであるCLが、ヨーロッパ社会の変化に歩調を合わせてそのあり方を変えていった、その流れを俯瞰的に描いているんです。だけど、そのCLからこぼれ落ちるディテールって、いろいろあるじゃないですか。そこの溢れている部分を違ったフレームですくい上げて、その全体像を整理できるような形で一冊の本にしたいという思いはずっとありました。

──「CLからこぼれ落ちるディテール」って、非常によくわかります。8年前にミズノスポーツライター賞を受賞した『フットボールの犬』も、ある意味でそういう意図をもって取材・執筆していました。もっともその後は、なかなか欧州を取材する機会に恵まれず、私のほうは次第に国内サッカーのほうにシフトしていったわけですが。そういった意味でも今回の片野さんの新著は、この20年における欧州サッカーのさまざまなディテールをつなぎ合わせてくれたという意味で、大変貴重で意欲的な作品だと思います。

片野 僕はfootballistaという雑誌で月いちの連載コラムを持っているんですが、その中でこうしたピッチ外で起こっているさまざまな出来事をよく取り上げてきたんですね。それらを集めて、どういう枠組みでひとつのストーリーなり地図なりにまとめることができるか。そこが問題でしたね。最初に思いついたタイトルが、『The Dark Side of the Planet Football』。これは『The Dark Side of the Moon』っていう、有名なピンクフロイドのアルバムタイトルの語呂合わせなんですが。

──要するに、ビッグビジネス化が極限にまで到達しつつある欧州サッカーのダークサイドな面に光を当てていく、という意味でしょうか?

片野 そうです。これだけ巨大な市場になることで、さまざまなネガティブな要素もいろいろ出てきているわけです。八百長だとか、選手が代理人の食い物にされているとか、クラブ経営が地域コミュニティに還元されずに金儲けが目的になっているとか。そういったさまざまな歪みを、ここでいったん整理する必要があると思ったんですね。

──ただそうなると、もちろんサッカーの話だけでは収まらなくなってくるわけですよね。国際政治とか世界経済とか地政学とか、さまざまな要素についても文献に当たりながら考察していかなければならないという。

片野 おっしゃるとおりです。実際、2回ぐらい投げ出しかけたんですよ(苦笑)。

──やっぱり(笑)。そんな片野さんを奮い立たせたのは、15年に発覚して、この本の冒頭を飾っているFIFAゲートの勃発だったのではないかと思うのですが。

片野 そうですね。もともとFIFAっていう組織自体、ヨーロッパと南米を中心にしたエグゼクティブな社交クラブだったわけです。それが90年代の終わりから、ワールドカップの放映権料が高騰しだしていく中、いかに自分たちの利権をマネタイズして分配していくかというところに彼らは腐心していく。その究極が、2010年の「2018年と22年のワールドカップを一度に決めてしまおう」という決定だったわけです。

──18年はイングランド、22年はアメリカが本命視されながら、結局はロシアとカタールに決まってしまったと。当然それもまた、さまざまな利権が絡んでの決定だったわけですよね。とりわけ、22年大会の自国開催に国家的な期待を寄せていたアメリカは収まらない。

片野 だからこそ、4~5年かけてFBIが地道な調査と捜査をして、その結果として起こったのかFIFAゲートだったわけですよね。

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