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【無料公開】欧州サッカーがグローバル化で得たものと失ったもの 片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家)インタビュー<1/2>

■カタールでのワールドカップ開催は「FIFAの歪み」

──ロシアでのワールドカップは、少なくともサッカーファン的にはわりと快適に楽しめる大会になると思うんですよ。でもカタールについては、申し訳ないけれどまったく期待できません。気候の問題ももちろんありますが、国土が狭すぎて開催国としての魅力に乏しいこと、一度も自力でワールドカップに出場していない「サッカー文化不毛の地」であること、それからスタジアム建設に従事する外国人労働者が過酷な環境下で搾取されていること。

片野 カタールで本当に開催するんですかね。もう止められないんでしょうか?

──止められないと思います。南アフリカやブラジルも、あれだけ治安が悪いとか、経済危機で国民の大半が反対しているとか、深刻な不安要素はあったけれど結局は開催していますからね。ただ、南アフリカやブラジルとは比較にならないくらい、カタールでのワールドカップ開催はいまだに自分の中では納得できていません。

片野 僕もぜんぜん納得できていませんが、カタールを開催国に選んでしまうくらい、FIFAという組織が歪んでいしまったというか、腐ってしまったということだと思います。要するにお金ですよね。FIFAゲートに関するさまざまな報道を読む限り、どこまで証拠があるかという話は別として、国家レベルでの買収があったと考えるのが自然でしょう。

──お金ともうひとつは政治でしょうね。この本で興味深く読ませていただいたのは、次期FIFA会長の本命と思われていたプラティニの失脚です。プラティニはカタールでの開催支持を公言していますが、その彼がカタールとサルコジ(当時のフランス大統領)との間を取り持ち、サルコジがファンだったPSGにカタール資本が入ると。思わず「そういうことだったのか!」と唸ってしまいました。

片野 プラティニはそういう意味では、犠牲者だったと考えているんです。おっしゃるとおり、彼は「ポスト・ブラッター」としてFIFAの会長になるべき人物だったし、そうなってほしいと僕自身も思っていました。ただ、そんなプラティニさえも犠牲者になるほど、FIFAに対して逆風が吹いているということなんでしょうね。

──ここでもしプラティニが失脚しなかったら、インファンティーノがFIFA会長になることってなかったわけですよね。

片野 プラティニの片腕だった人ですから、事務総長にはなったのかもしれないですね。あるいはプラティニの後を継いでUEFAの会長とか。どっちにしても、そこではプラティニとの同盟関係は続くわけで、ヨーロッパのフットボールエスタブリッシュメントとしての良質な部分をFIFAとUEFAが引っ張るという構図は続いていたと思うんです。でもそれが、FIFAゲートによっていったんシャッフルされてしまったわけですね。

 それでカタールに話を戻すと、やっぱりスタジアムやインフラの整備のために集められた外国人労働者が、現地で奴隷のような扱いを受けていることが非常に問題だと思っているんですよ。実はfootballistaの先月号に、イタリアのウェブ雑誌の記事を僕が翻訳したものが掲載されているんです。その記事によると、カタールにおける外国人労働者の扱いは、これはもう政治的な経緯として「アパルトヘイトである」と。にもかかわらず、フェアプレーを是としているFIFAが、それを糾弾することなく受け入れてワールドカップを開催して良いのかと。そういう問題提起の記事でした。

──あと4年しかない、けれどもまだ4年ある。今のうちから、そういった問題について議論する土壌がほしいですよね。ただカタール政府も、そうしたことを暴露しようとする海外メディアに対して、かなり神経を尖らせているようですが。

片野 PSGやバルサといったビッグクラブに限らず、カタールは欧州のあちこちで莫大な投資をしていて、お金で黙らせようとしているところがありますよね。一方で「イランと融和的だ」とか「ISに資金提供としている」といった理由で、中東諸国の中でも孤立せざるを得ない状況にある。ですから彼らにとっても2022年のワールドカップ開催は、国の生き残りを懸けた施策のひとつということになるんでしょうけどね。

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