宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】蹴球本序評『日本サッカー「戦記」青銅の時代から新世紀へ』加部究著

 同業の大先輩である加部究さんが、1998年以降の仕事の集大成とも言える大作を上梓した。総ページ数432の二段組。最近のサッカー本では、なかなかお目にかかれない重厚な作りだ。編集を担当したのが、これまた大先輩の佐山一郎さんというのも、大いに納得。さっそく、冒頭の「謝辞」の部分を抜き出してみよう。

 実体験としての東京五輪には恨みしかない。まだ小学1年生。楽しみにしていたアニメ番組が次々に潰され、脳裏には退屈と落胆が染み付いている。だが間もなく五輪好きの父の影響で、本棚から手当たり次第に関連本を引っ張り出し容赦なく漁っているうちに、本はボロボロになり、僕は世にある様々な競技に片っ端から興味を持ち始めた。ただしその中でもサッカーというマイナー競技は、食わず嫌いが皿の端によけた最後の一品みたいなものだった。

 夜のラジオからはメキシコ五輪予選の中継放送が流れて来ていた。何気なく父に聞いてみた。

「日本はサッカー強いの?」

「弱いよ」

 ところが終わってみれば、150の圧勝だった。まだ15点がいかに珍しいスコアなのかも、フィリピンが草刈り場になるほど弱いことも知らなかった。僕は密かに父親の未知の領域を発見した愉悦に浸ったのかもしれない。それからサッカーに食指を動かすようになり、弱いはずの日本は、翌1968年メキシコ五輪で銅メダル獲得という奇跡のストーリーを紡ぎ出すのだ。

 いかがであろうか。まるで映画の冒頭のワンシーンのように、1960年代の空気感がみっしりと伝わってくるではないか。著者がサッカーとの距離を縮めるきっかけとなる父との会話。日本サッカーが戦後最初の絶頂期に到達せんとする時代の熱量。そうした記憶の再現性は、本編でもいかんなく発揮され、東京五輪から現代に至る日本サッカーの歩みを世代を超えて追体験することができる。

 帯に<当事者たちが語る熱闘とプライドの記憶!!>とある。ちょうどスポナビにて『シリーズ 証言でつづるJリーグ25周年』連載中なので、その意味でも非常に参考になりそうな一冊。と同時に、こうした先達たちの重厚かつ丁寧な仕事を堪能できるのは純粋に楽しく、励みにもなる。心して、続きを読ませていただくことにしたい。定価2400円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ