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【無料公開】蹴球本序評『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』飯尾篤史著

 ここ数年、活躍の場を着実に広げている同業者、飯尾篤史さんの新著が届いた。ベースとなっているのが、サッカーダイジェストで連載していた『My”Golden”Season ~あのシーズンがあったからこそ今がある~』。「2002年の佐藤寿人」から「2013年の岩政大樹」まで、19人のJリーガーそれぞれのターニングポイントとなった「シーズン」が、当人の言葉と共に再現されている。そのオープニングを飾る「2002年の佐藤寿人」の冒頭部分を抜き出してみよう。

 Jリーグで最も多くの歓喜をサポーターにプレゼントしてきた2人──佐藤寿人と大久保嘉人。日本を代表するストライカーである彼らがかつて同じチームでプレーしていたことを知る人は、果たしてどれだけいるだろうか。

 2002年、2人は当時J2のセレッソ大阪に在籍していた。もっとも、その事実をよく知るはずのセレッソサポーターですら、桜のユニホームに身を包んでいた寿人の姿を鮮明に記憶している人は、少ないかもしれない。

「そうでしょうね。だって13試合しか出ていないし、すべてが途中出場でしたから。セレッソはその年、J1復帰を決めたんですけど、僕はなんの貢献もできなかった」

 この年、寿人が奪ったゴールはわずか2つ。のちに偉大なストライカーとなる青年は、ワールドカップの開催によって空前のサッカーブームに沸いた02年の時点では、まだ何者でもなかった。

 だが、ストライカーとしては夜明け前だったこのシーズンが、のちの12年連続二桁ゴールという大記録の礎となる。

 いかがであろうか。まず、寿人と嘉人がセレッソでチームメイトだったという、ちょっとしたトリビアが読者の関心を喚起させている。そこから、なぜ「J2で出られなかった選手」が「日本を代表するストライカー」となったのか? という本質的な問題提起へとつながっていく。多くのサッカーファンにとって、ほとんど記憶にない「2002年の佐藤寿人」。そこにあえてフォーカスする意義を説き、本書のコンセプトそのものを読者に理解させる。その意味においても、この導入部分は極めて重要だ。

 実はダイジェストでの連載第1回は、中村憲剛であった。その理由について著者は、《正直に言えば、インタビュイーとして優れた能力を擁する憲剛なら、連載の意図を汲んで話してくれるだろうという安心感があった》と素直に告白している(p.132)。書籍化にあたり時系列に並べることで、憲剛は9番目になり寿人がトップを飾ることになった。編集者がどれだけ意識したかはわからない。が、この絶妙な配列こそが、秀逸なカバーデザインと共に本書の「成功」を約束したと言えるだろう。定価1500円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆★

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