宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】「報道されない」開催国ブラジルの現在(再) 大野美夏(サッカージャーナリスト)インタビュー<1/2>

 今月は5週あったので、久々に過去のコンテンツを無料公開することにしたい。「そういえば前回のワールドカップイヤーは、どんなコンテンツを出していたんだろう」と4年前の原稿を蔵出ししている時、ふと目に留まったのがこれ。サンパウロ在住のサッカージャーナリスト、大野美夏さんへのインタビューである。掲載されたのは2014年1月10日の徹マガであった。

 大野さんには前年の12月、ファイナルドローの取材の前にサンパウロに立ち寄った際にお話を伺った。この時期、ワールドカップ開催国のブラジルに関する情報はわが国にも伝えられていたが、どうにも表層的なものが少なくなかった。そこで現地に20年以上暮らしている大野さんに、いち生活者としての視点から「開催国の現在」について語っていただいた。

 インタビューを読み返してみると、この時期、開催国ブラジルに対する眼差しは、実に切迫したものであったことがわかる。遅れ気味のスタジアム建設、長すぎる移動距離や高騰する宿泊、さらにはヤバすぎる治安など、とにかく不安要素には事欠かなかった。それに比べれば、今大会のロシアははるかに快適だと、あらためて痛感した次第である。(取材日:2013年12月3日@サンパウロ)

本大会後も有効活用できるスタジムは7つだけ?

――今日はよろしくお願いします。さっそくですが、現時点で、ワールドカップ開催まであと7カ月と迫っています。今日、開幕戦が行われるサンパウロのスタジアムを見て正直あぜんとしたんですが(苦笑)、本当に間に合うんでしょうかね? 日本人の感覚からすると、相当に無理な気がしてならないのですが。

大野 うーん、「スタジアムだけできれば、サッカーはできる」っていう論理のもと、正しく作っているんじゃないですか(笑)。だって、周りは何もできてなかったでしょ。

――最寄り駅からスタジアムまでの道路は、ところどころ舗装されていなくて土がむき出しになっていましたよ(笑)。街灯もなかったし、夜の試合で安全性がきちんと確保されるのか、非常に不安でしたね。あの地域って、けっこう低所得者が多く暮らしていると聞いたんですが。

大野 ええ。あちらの地区の住民たちは、スタジアムができることで、インフラが良くなるのをすごく楽しみにしていたんだけど、結局スタジアムを作っているだけで、周りは何にも特に良くならない。むしろ工事のために渋滞になったり、停電になったり(苦笑)。どうせ試合も見られないだろうから、地元の人たちにあんまり恩恵はないんですよね。

――前回の南アフリカ大会でも、メインスタジアムのサッカーシティは貧しい地域に作られたんですが、開幕半年前でもかなり工事が遅れていて不安視されていたことを思い出しました。ある種のデジャヴュ(既視感)を感じましたよ。

大野 最終的にはどうだったんですか? 本大会のときは。

――さすがにスタジアムは完成していました。でも結局、スタジアムの周囲は舗装されずに土ぼこりと泥がすごかったんですよ。駐車場はぜんぶ土(笑)。

大野 なるほど。わかるような気がします(笑)。要するにサッカーさえできて、TV中継さえできればいいわけですから、最終的には。コンフェデがそうだったでしょ?

――そうそう、今年のコンフェデでもそれを痛感しましたよ!

大野 でしょ。だから「ああ、(本大会も)こういう感じなんだろうな」と。それこそレシフェのスタジアムなんか、エレベーターがまだなくて歩いて上まで登ったでしょ。だけどエレベーターがたとえ使えなくても、人間が歩いて登れば済むことだから(笑)。それに滞りなく試合の中継もできましたと。本大会もそれで丸く収まってしまうんでしょうね。

――TVでコンフェデをご覧になっていた人にはわからないと思うんですけど、バックヤードは本当にひどかったんですよ。壁や天井は配線がむき出しで、ほとんど工事中って感じでしたから。ところで今大会は12会場で行われるわけですが、ほとんどが新たに作られたスタジアムなんでしょうか?

大野 ほとんどがそうですね。改修はリオのマラカナンとベロオリゾンテくらいですかね。ブラジリアは、いっぺん壊して同じ場所に作り直したけれど、ほとんど新築ですよ。あとポルト・アレグレは、いちおう改修ですね。

――まあ新築であれ改修であれ、これだけたくさんの新しいスタジアムがブラジル国内に作られるわけじゃないですか。これって、大会後もきちんと活用されるんでしょうか?

大野 半分ぐらいですかね。もともとプロサッカーが盛んな地域はいいと思うんですけど、そうでない開催地もけっこうありますから

――たとえばマナウスとか、アマゾン川流域に4万人以上のスタジアムを作って、どうするんでしょうかね?

大野 あとはクイアバとか、ナタールとかですね(編集部註:いずれも日本戦の開催が決定)。

――ブラジリアも7万人規模のスタジアムを作りましたけど、首都とはいえ地元にそれだけの観客を呼べるクラブはないですよね?

大野 そうなんですよ。ブラジリアについては、地元の政治家が自分のお膝元でいいところを見せたいという思惑があって、あれだけの立派なスタジアムを作ったんですけど、当初の予算の2倍になったそうですよ。

――フォルタレーザはどうですか? いちおう地元クラブがあったと思いますが。

大野 フォルタレーザもプロサッカーという意味ではぜんぜんダメ。

――じゃあ、大会後も有効活用されそうなスタジアムは?

大野 うーん、ポルトアレグレ、クリチーバ、サンパウロ、リオ、ベロオリゾンテ、サルバドール、レシフェがギリギリかな。あとはぜんぜんダメですよね。(参照)

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