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【緊急無料公開】安易な「解任論」はなぜ量産されるのか? 歴代優勝国と比べて日本が欠けているもの

 4月9日、JFAは日本代表監督、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏の解任を発表した。同日の午後、JFAハウスで会見があるようなので、この件についてのコラムはあらためて執筆することにしたい。とりいそぎ、先週4日にアップしたこのコラムを「緊急無料公開」とする(会員の皆さん、事後報告となってしまい申し訳ありません)。今から読むと何とも暗示的だが、私の考えはこの時から寸分も変わっていないことだけは申し添えておく。

 日本代表のベルギー遠征取材から戻って、間もなく1週間になる。毎年楽しみにしている桜は、今年は例年より早く満開を迎え、散り際の美しさを眺めながら、ようやく日本代表について落ち着いて文章化してみようという気分になった。

 マリに11、ウクライナに12という結果に終わり、国内での日本代表の評価が下がりまくっているのは、予想の範囲内であった。ただし、この期に及んで「ハリルを解任して●●を呼ぼう!」という現実味のない言説が量産されているのには、ちょっと驚いている。百歩譲って「さまざまな考えがある」にしても、ビジネスパーソン向けの手堅いコンテンツを配信しているサイトで、そうしたセンセーショナルな記事を見かけると、何だかなあという気分になってしまう。これでは日本が強くならないのも当然だろう。

 その国のサッカーの強さは、何によって支えられているのか。確かに、ある程度の国力や経済力も必要だろう。ただしそれだけならば、アメリカはとっくにワールドカップで優勝しているだろうし、中国が本大会の常連国になっていてもおかしくない。フィジカルやデュエルの強さも重要だが、それならなぜアフリカ諸国がワールドカップでベスト8の壁を突破できないのか、考える必要がある。

 過去20回のワールドカップでの優勝国は、わずかに8カ国。すなわち、ウルグアイ、イタリア、ドイツ、ブラジル、イングランド、アルゼンチン、フランス、そしてスペインである。それぞれに絶頂期もあれば低迷期もあるが、これら歴代優勝国はいずれもワールドカップの常連国であり、常に優勝候補の一角と目されてきた。その強さを下支えしているのは、もちろん国内リーグの隆盛や育成メソッドの充実といったものもあっただろう。しかしその点でいえば、日本でもJリーグはまあまあ盛り上がっているし、育成についてもそれなりに成果を出してきた。

 歴代優勝国と比べて、日本が決定的に欠けているものは何か? それはまずフットボールの歴史であり、フットボールが文化や生活に根ざしていることであり、さらに付け加えるならばフットボールのリテラシーだと思う。たとえばフランスは先日、コロンビアとの親善試合に逆転負けを喫しているが、だからといって「監督はデシャンじゃダメだ。ジダンを連れてこい!」なんてコラムを書いたら、思い切り恥をかくことだろう。あるいはイタリアは60年ぶりに本大会出場を逃したが、一時的な怒りや絶望はあっても「ユベントスが優勝すればいいよ」と思っている人は意外と多かったりする。

 Jリーグが開幕して25年。その間、日本代表は6回のワールドカップに出場し、自国でワールドカップも開催した。国内リーグもまた、いろいろ紆余曲折を経ながらも順調に発展してきているし、サッカーファンやサポーターを自認する人も圧倒的に増えた。今では、3世代でスタジアム観戦するファンも決して珍しくない。とはいえ、圧倒的多数の日本人にとって「サッカーに夢中になる時」というのは、やはり4年に一度のワールドカップ。しかもそれまでのプロセスを鑑みずに、グループリーグ3試合の結果に一喜一憂するだけなので、結局はリテラシーが積み上がっていかない。

「4年に一度(だけ)盛り上がるという」点においては、この国におけるサッカーのポジションというものは、もしかしたら冬季五輪競技とあまり変わりないのかもしれない、なんてことを考えてしまいそうだ。もっとも私は、ブラジルやアルゼンチンのように、圧倒的にフットボールがナンバーワンスポーツの国になってほしい、とは思っていない。野球やラグビーやバスケットボールのことも(そしてもちろんそれ以外の競技も)尊重するし、夏と冬の五輪でさまざまな競技に選手を送り出し、いくばくかのメダルを獲得していることを誇らしくも思っている。

 ただ客観的な事実として、サッカーは世界で最も競技人口が多いスポーツであり、それは世界言語のひとつでもある。ゆえにサッカーは「日本がガラパゴス化しないため」の重要な指針にもなり得るとも考える(それこそ「女性の社会進出」とか、「報道の自由」とか、「原発への依存度」みたいに)。最近の国内メディアで散見される「日本すげえ!」とか「世界が絶賛する日本!」みたいな言説に接すると、なおさらそうした視点が必要であるように思えてならない。

 4年前のことを思い出そう。日本の世論はメディアも含めて「自分たちのサッカーを貫くことができれば、ワールドカップ優勝も夢ではない」という、時代の雰囲気に少なからず加担してしまった。結果、失意のうちにブラジルでの戦いを終えた日本代表に、今度は手のひら返しの批判が殺到した。あれは実に情けなく、恥ずかしい光景であった。「ワールドカップ優勝」を言い出したのは本田圭佑であったが、大手メディアもそれに乗っかって世論を煽った事実を、ゆめゆめ忘れてはならない。

 日本にとって「ワールドカップ優勝」が現実的でないことは、さすがに素人でも思い知ったわけだが、さりとて日本サッカーの世界的なポジションが広く共有されているとは言い難い。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、ことあるごとに世界との差について説明すると、少なからずのファンが「日本をバカにしている」と反発していたことからも、それは明らかである(おそらく解任を主張する人たちの間には、そうした感情もベースにはあったのだろう)。

 確かに、いささか上から目線に感じられる発言もあったし、監督自身が感情的になっていた部分もあったと思う。それでも、旧ユーゴスラビアとフランスで選手と監督の経験があり、さらには欧州CLやワールドカップで指揮を執った経験を持つ指導者の見立ては、そうは間違っていない。日本は(少なくとも現時点においては)グループで最弱、出場32カ国では下から3番目のランキングという現実を、まずは謙虚に受け止める必要がある。

 そうした厳しい現実を受け入れた上で、どうすれば格上3チームを出し抜いて2位に滑り込めるか? ハリルホジッチ監督が現在取り組んでいるのは、そういう極めて難易度の高いミッションなのである。そして今回、ベルギーはリエージュで行われた2試合は(内容の是非はともかく)、ベスト16進出という高難易度のミッションを達成するために、どうしても必要なプロセスであった──。そう私は理解しているし、その結末をしっかり見届けたいとも思っている。

 ではもし、日本代表が3試合でロシアから帰国するとなったら? 答えは実にシンプル。「そこまでの実力はなかった」というだけの話である。とはいえ、3試合の内容については、十二分に精査されるべきだ。まったくお話にならないくらい戦えなかったのか。それとも、堂々と渡り合った末に武運拙く敗れてしまったのか。その点を踏まえた上で、ハリルホジッチの3年間を評価すべきである。ハリルホジッチ体制の是非を語るのは、少なくとも今ではない。

<この稿、了>

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