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『WM外伝 徹マガの蹉跌を超えていけ!』 Vol.4 醜聞に対する精神的態度 text by 中村慎太郎

 スポーツ界の醜聞が続く。

 ハリルホジッチ監督の解任とその後の騒動は言うまでもないが、登山家・栗城史多氏の死が報じられた後も続くバッシングや、日大アメフト部のタックル事件なども話題となっている。

 アメフト事件から考えてみよう。体育会組織においては、上からの命令には従うことが正しい規範とされている。もちろん、誤った指示なら退けるべきではある。それは正論ではあるのだが、絶対的な権力者からの示唆を退けるのは非常に難しい。

 東欧に住んでいた数百万人のユダヤ人を強制収容所に輸送する仕事をしていたアドルフ・アイヒマンは、戦後ひっそりと隠れ住んでいたのだがイスラエルの諜報機関モサドに捕まった。調査、裁判によって明らかになったのは、アイヒマンは大量殺戮を犯すような異常人格者ではなく、真面目で平凡な公務員に過ぎないことであった。

 閉鎖的な状況において権威者の指示に抗えなくなることをミルグラム効果という。実際に行われたミルグラム実験を元にした映画『es』は、とてもお勧めなのだが、心臓の弱い方は見ないほうがいい。とにかく恐ろしいのだ。といっても、ホラー映画とはひと味違うゾンビとか呪われた人形が登場するのではなく、閉鎖環境下におかれる中で、人間が悪魔になっていくという実話なのである。

 当事者となった選手は、組織の反対を押し切って一人で世間の前に顔をさらし、一生後ろ指を指されることを覚悟で謝罪し、二度とアメフトをプレーしないと誓った。責任を取ったのだ。一方で、組織のほうはいまだに歯切れが悪い。

 責任を取らないで済むように全力を尽くしている。いや、全力すら尽くしていないように見える。組織内で誰が責任を取るのか、次の人事にどう影響するのか、というようなことばかりが気になっているのではないだろうか。組織がこういう状況では声を上げた瞬間に、後ろから撃たれて殺されてしまうのだろう。

 とはいってもこの事件、誰が悪いのか。外部の者には推測することしか出来ない。監督は悪魔だとか、組織が腐っているとか、いやいや、タックルをした選手にも問題があるかとか、外部から様々な声があがっているが、その様は非常に醜い。外形的には間違いなく醜聞である。

 タックルした選手がアイヒマンなのかもしれないし、あるいは監督もアイヒマンなのかもしれない。

 エベレスト登山の途上で死亡したことが報道された栗城史多氏のことも調べてみた死を惜しむ声が多数ある一方、登山界では評判の悪い人物だったようで、エベレストへの登頂は「自殺」と同義だという専門家の意見もあった。

 実は、エベレストに登頂するだけならそれほど難しいことではないらしい。登頂するためのルートは確立されているし、毎年大きな隊が登山路を切り開くため、交渉してそのルートを使用させてもらうなどの方法があるらしい。今では一年に500人程度が登頂する山なのだそうだ。

 しかし、それでは話題にならないという理由なのだろうか。栗城氏は西稜ルートという非常に難度が高いルートを、単独で登頂しようとしたらしい。これは、受験勉強をまったくしてない人が東大受験をするとか、特に練習をしていないサラリーマンがヤンキースの4番を目指すというような話らしい

 それを支持して応援する人が数多くいて、企業からの支援金も多数もらっていながら、栗城の計画はあまりにも無謀だし、トレーニングも十分にしていないという批判が、登山界から出ていたようだったしかし、登山についてまったく知らないファンが、無責任に「応援します」と言い続けたことで、栗城氏は自分を制御できない状態になっていたのではないかという見立てもある。

 そういった背景もあって死してなおバッシングは止まらない。死者に鞭を打つべきではないという倫理観があると同時に、話題性を高めることを最大の目的として登山の本質を外す人が続かないように、検証し続けなければいけないという声もある。

 この件も外部から見ているだけではよくわからない。資料を読んでいる分には、登山界の指摘が正しく、栗城氏が頑なに聞き入れなかったように思える。

 しかし、栗城氏としては、それでもやれなければならない理由があったのかもしれない。例えばスポンサーに、次こそ登頂しますと約束していたかもしれない。ならば、計画を精査せずに、応援していたスポンサーに罪があるのだろうか。あるいは、応援していた一般のファンが悪いのか。

 これも善悪の問題ではなく、外部から断じることは難しい。しかし、死者が出た上その死者がなお叩かれるという状況は醜聞といっていいだろう。

 醜聞は、醜聞であるからこその価値もある。人の意識を引きつける。どうしてこんなにも醜いのか、誰が悪人なのかと考えて、醜聞の根っこを探る。その間、人は自分が善人であるという実感を得ることが出来る。

 そして、自分の中で決着がつくと、興味を失い、離れていく。そして、しばしば二度と戻ってこなくなる。

 スポーツ興行はエンターテイメントであるため、注目が集まらなくなれば枯れ果てていく運命にある。もちろん、誰からも注目されず、一銭にもならずとも続けていくことは出来るし、アマチュアリズムというのはそうあるべきなのかもしれないが、少なくとも規模は小さくなるし、ライターなどのメディア関係者も食えなくなり立ち消えていく。

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