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【無料公開】蹴球本序評『カルチョの休日 イタリアのサッカー少年は週休3日でグングン伸びる』宮崎隆司著

 フィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員でもある宮崎隆司さんの最新作。宮崎さんといえば、戦術リテラシーを高めるための書籍のイメージが強い。本書は、ご自身の生活圏にあるカルチョの世界が舞台。肩の力が抜けた心地よい文体なので、一気に読むことができる。さっそく「序章 モンディアーレのない夏がくる」から引用しよう。

 私には大好きな時間があります。それは近所のダゼーリオ広場に足を運び、子どもたちの草サッカーを眺めるひとときです。

 公園の小さなグラウンドには、どこからともなく子どもたちが集まってきてゲームが始まります。シュートが外れて柵を越えたときには、近くを散歩している老紳士が「俺も若いころは鳴らしたんだぜ」とばかりに、軽やかにボールを浮かせてボレーで返してきたりします。老人が蹴り損ねて転んだりすると、「お爺ちゃん、だいじょうぶ?!」と子どもたちが駆け寄ります。そんな何気ない光景を見るたびに私は、私たち日本人が失くしつつある何かを思い出すのです。

 いかがであろうか。モンディアーレとは、ワールドカップのこと。これまで4回トロフィーを掲げてきたイタリアは、周知のとおり60年ぶりに本大会出場を逃している。プレーオフ敗退が決まったときは、国民レベルで悲嘆に暮れていたはずだ。しかし、だからといってイタリアのカルチョが一気に衰退することはない。なぜなら日常生活の中に、カルチョの文化はしっかりと根付いているからだ。とりわけ現地の子どもたちのサッカーとの接し方は、わが国のそれと比べると驚くほど身近でカジュアルである。

 実のところ、この「身近でカジュアルである」ことがキモなのである。わが国における育成年代のサッカーは、他の競技(とりわけ野球)と比べると、根性論や精神論に依拠しない合理性に支えられているように感じられる。しかしイタリアでは《朝練/走り込み/長時間練習/筋トレ/説教/ダメ出しコーチング/戦力外の子どもの応援/高額な活動費/国外遠征 etc…一切なし!》(帯より)。それなのに常に強豪国であり続け、ワールドカップ出場を逃しても人々はカルチョに愛想を尽かすことはない。なぜか? その答えが、本書にはある。

 奥付を見ると、初版の発行日は「8月5日」。時期的にはワールドカップ直後だが、いわゆる「特需」を見越しての出版でないのは明らかだ。むしろ、祭典から日常に切り替わった今だからこそ、自分たちの足元を見つめ直す契機を与えてくれる好著と言えよう。イタリア好きの方だけでなく、地域で子供たちに指導しているお父さんやお兄さんにも、ぜひ手にとっていただきたい。定価1300円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆★★

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