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宇都宮徹壱ウェブマガジン

湯麺屋の店主となった元日本代表 岐阜で戸塚哲也さんと再会した話

 まずは、このたびの台風21号の上陸により被害に遭われた方々に、謹んでお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

 さて、日記にも書いたとおり、先週末から2泊3日でFC岐阜を現地取材してきた。スポナビで連載中の『J2・J3漫遊記』での取材だったわけだが、実は連載第1回で取り上げたのが、他ならぬ岐阜であった(参照)。スタートが2012年の5月だから、もう6年も昔の話である。その後、さまざまなJ2・J3のクラブを漫遊する中で、2度目の取材に訪れたクラブもあるにはあった。それでも今回、岐阜を再訪したのは実に6年ぶり。さまざまな変化を実感できて、非常に感慨深い取材となった。

 思えばこの6年間の岐阜は、まさに激動の連続であった。14年にラモス瑠偉氏が監督に就任。川口能活や三都主アレサンドロといった元日本代表も加入し、中央のメディアも取材に訪れるくらい話題になった。そのラモス体制も、3年目の16年途中で終焉を迎える。その後、吉田恵監督を挟んで、17年からは大木武氏が新監督に就任。ポゼッションを主体に、自らアクションを起こす新しいスタイルは、これまた戦術好きなサッカーライターにとって格好の取材対象となった。

 しかしながら、どんなに話題性があっても、岐阜の成績が上向くことはなかった。14年は17位、15年と16年は20位、17年は18位。そして大木体制2年目の今季、私が取材したホームでの大宮アルディージャ戦では、クラブ記録となる8連敗を喫してしまった。現在、降格圏内からわずか6ポイントの18位。しかしサポーターもクラブ関係者も、この状況に決して下を向くことなく、むしろこの状況をポジティブに捉えていた。その理由については、間もなくアップされるコラムをお待ちいただくことにして、今回は岐阜で再会した戸塚哲也さんについて記すことにしたい。

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