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【無料公開】なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか?『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子インタビュー<1/2>

 このたびの大地震で被害に遭われた、北海道にお住まいの方々に謹んでお見舞い申し上げます。まだ余震も続いているようですが、一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

 今週は蹴球本序評でも紹介した『ディス・イズ・ザ・デイ』の作者、津村記久子さんのインタビューをお送りする。まずは、この『ディス・イズ・ザ・デイ』の世界観について、簡単に説明することにしたい。

 作品の舞台は、国内プロサッカーリーグの2部。所属する22チーム、それぞれの最終節を舞台に、それぞれのサポーターの人生がスタジアムで交錯する11篇の物語(+エピローグのプレーオフ)で構成されている。以下、登場する22チームのクラブ名とホームタウンを列挙する。 

 ネプタドーレ弘前(青森)、遠野FC(岩手)、白馬FC(長野)、CA富士山(山梨)、川越シティFC(埼玉)、松戸アデランテロ(千葉)、三鷹ロスゲレロス(東京)、カングレーホ大林(東京)、熱海龍宮クラブ(静岡)、ヴェーレ浜松(静岡)、鯖江アザレアSC(福井)、琵琶湖トルメンタス(滋賀)、オスプレイ嵐山(京都)、伊勢志摩ユナイテッド(三重)、奈良FC(奈良)、泉大津ディアブロ(大阪)、姫路FC(兵庫)、松江04(島根)、倉敷FC(岡山)、アドミラル呉FC(広島)、モルゲン土佐(高知)、桜島ヴァルカン(鹿児島)。

 いかにもJ2ファンの心をくすぐるような設定ではないか! ところで津村さんといえば、第140回の芥川賞をはじめ、太宰治賞、川端康成賞など、数々の文学賞を総なめにした人気作家。そしてこの作品の初出は、朝日新聞での連載である。にもかかわらず、テーマは極めてマニアック。J2好きであるがゆえに、いささか心配しながらページをめくってみたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 実際に読み進めてみると、随所に「J2あるある」が盛り込まれていて、サポーター小説として見事な完成度を保っている。ところが残念なことに、肝心のサッカー界隈ではあまり話題になっていないようだ。「ならば」ということで、作者の津村さんにじっくりお話を伺うべく、大阪まで日帰り遠征した次第。なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか? その答えは、実に意外性に満ちたものであった。最後までお読みいただければ幸いである。

 なお今回の取材では、担当編集者である水野朝子さん(朝日新聞出版 書籍編集部)に大変お世話になった。この場を借りて御礼申し上げたい。(取材日:2018年8月8日@大阪)

<目次>

*新聞小説なので「ボレーシュート」が使えない?

*「内巻さんの絵でアニメ化してほしい!」

*きっかけは15年シーズンのJ2最終節

*どのようにして22チームが決まったのか?

*サポーターと立ち話しながらの取材活動

*「スタジアムで出会う人たちの話が面白くって(笑)」

新聞小説なので「ボレーシュート」が使えない?

──今日はよろしくお願いします。さっそくですが、朝日新聞での連載が今年の3月に終了して、6月に書籍として発売された『ディス・イズ・ザ・デイ』。やはりワールドカップを意識して、このタイミングだったのでしょうか?

津村 出版社さんからは「早めに出して下さい」と言われただけですね。それぞれの話は、新聞に掲載する前に削っていたので、ものすごく加筆修正したわけではなかったんです。それでも、けっこう手こずりましたね。あとエピローグのプレーオフの部分は、かなり書き足しました。

──帯文を書かれているのが、ジュンク堂書店にお勤めのサポーターというのがユニークですね。池袋本店の田口久美子さんはジェフ千葉のサポ。三宮店の三瓶ひとみさんは鹿島アントラーズのサポということですが。

津村 本ができてから、おふたりにはあらためてお会いしたんですが、サッカーファンとして納得できる作品だったという評価をいただいてほっとしました(笑)。小説家で(浦和)レッズサポの星野智幸さんにも帯文を書いていただいたんですけど、同じような評価でありがたかったです。サッカーを実際に好きな方がどう思われるのか、まったく自信がなかったので。実は私、サッカーの試合のシーンを書いたことがなかったので、そこが一番しんどかったです。

──確かに試合のシーンは限定的ですが、難しかったですか?

津村 難しかったですね。13年くらい小説家をやっていますけど、今までやったことがない作業だったんですよ。それを11試合分も書かなければならない(苦笑)。それ以外の部分はまったく問題なかったんですけど。

──それぞれの登場人物たちの日常生活に、試合をどう絡ませるかも含めて、いろいろ悩むところもあったと。

津村 それぞれの登場人物を、最終的にどこに着地させるか。そのためには、どういう試合展開であれば彼ら・彼女らは納得できるのか。そういうのって、今までになかった作業でしたから、連載中から四苦八苦していました。たぶん戦術が好きな人が読んだら、ぜんぜん物足りなかったんじゃないですかね。そもそもサッカーを知らない人も読む新聞小説なので、専門用語が使いにくかったんですよ。「ボレーシュート」とか。

──ボレーシュートも駄目ですか?

津村 ダメというか、1回くらいしか書いていないですね。「クロスを入れる」とかも厳しかったです。「コーナーキック」は大丈夫だったかな。使える専門用語が限られていたし、私自身は戦術を語る才能はないので、逆にサッカーを知っている人にどれだけ受け入れられるだろうと、そこが心配だったんです。ですから、帯文に書かれた皆さんの言葉を読んで安心しましたね。

──プレーオフのところはすべて書き下ろしですか?

津村 4人分の話以外はですね。プレーオフって4チームが出場するじゃないですか。3位から6位までのチームのサポーターについては、連載の最終話で書いていたんです。でも書籍化するにあたって、プレーオフに関係ないチームのサポーターについても「後日談」みたいな感じで加筆しました。

──実際、プレーオフに絡まなかったサポーターの「その後」も気になっていたので、この終わり方のほうが良かったですね。ただ、行方不明の恋人を探しているうちに鯖江(アザレアSC)のサポーターになった、香里のその後は描かれてなかったですね。

津村 香里については、どういう結末がいいのか迷って「想像にお任せします」という形にしました。誠一の話で終わるのは、だいぶ早くに決まっていたんですが、対になる香里のことはあえて書かないことにしました。

──誠一というのは、解散したヴィオラ西部東京の元サポーターで、当時若手だった選手を17年間追いかけているという設定でした。横浜フリューゲルスのサポーターをモデルにしていたと思うのですが。

津村 そうです。その人の話がすごく印象に残っていたんですよね。ただ、誠一が香里と一緒に試合を見ているのも、ちょっと違うかなと。そこは最後まで迷いました。

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