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【無料公開】なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか?『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子インタビュー<1/2>

きっかけは15年シーズンのJ2最終節

──あらためてなんですけど、22チームでプレーオフもあるリーグというのは、明らかにJ2がモデルですよね。トップリーグでも3部でもなく、なぜ2部を作品の舞台に選んだんでしょうか?

津村 まず、「1年くらい連載をお願いします」ということで、最初はサッカーとは関係ない小説のプロットを考えていたんですよ。で、その年(15年)にたまたまキンチョウスタジアムで、セレッソ大阪対東京ヴェルディの最終節を観たんです。確かセレッソは4位でプレーオフ進出を決めていて、逆にヴェルディはあと一歩届かなかったのかな。

──ヴェルディは6位と2ポイント差の8位で終わりましたね。セレッソはその年のプレーオフ決勝に進出したけれど、アビスパ福岡に敗れています。

津村 そうでした! それで試合が終わったときに、20歳くらいのセレサポの女の子2人がスタンドの最前列に降りていって、選手ひとりひとりの名前を叫びながら手を振っていたんですね。選手だけでなく、大熊(清)監督が来たら「大熊さーん!」、通訳の白沢(敬典)さんが来たら「ガンジーさーん!」っていう感じで(笑)。「こういう世界があるのか」と、その時はすごく面白く思ったんです。で、その日にジュビロ磐田のサポーターをやっている知人に「J1昇格おめでとうございます!」ってメールを送ったんですね。

──ジュビロは2位でフィニッシュして、自動昇格を決めていましたね。

津村 そう。前の年のプレーオフでは、(モンテディオ)山形のGKに決勝点を決められて、負けていたじゃないですか。だからきっと喜んでいるんだろうなって思ったんです。そうしたら「やっとの思いで昇格できました。本当に疲れました」みたいな返事だったんですよね。あとで最終節の大分(トリニータ)戦を見返したら、まあすごい試合だったじゃないですか。

──(記録を見返しながら)ですね。磐田が1点リードしたけれど、90分に大分に同点に追いつかれ、その1分後に小林祐希のゴールで勝ち越しという劇的な幕切れでした。

津村 おそらく大分のスタンドでは、まさに天国と地獄の連続で、試合が終わった磐田サポは放心状態だったと思うんですよ。でも同じ日、同じ時間帯のキンスタでは、セレッソの女子サポが「ガンジーさーん」とか言っている(笑)。これは面白いぞと思って、結局J2の最終節の試合とホーム最終戦の試合も全部見返してみたんですよね。そうしたらもう、いろんなことが起こっているじゃないですか! 京都サンガだったら中山博貴さんが現役引退のスピーチをやっていたり、栃木SCだったらJ3降格が決まって雨の中で「社長、出てこい!」になっていたり。

──なるほど。J2の最終節って、同じ日の同じ時間でキックオフになった11会場で、さまざまな悲喜こもごもがあるわけですよね。みんな眼の前の試合のことで頭がいっぱいだけど、これを俯瞰したらひとつの作品になるんじゃないかと。

津村 そうです。サポーターを主人公にした作品でいうと、ニック・ホーンビィの『ぼくのプレミア・ライフ』がすごく好きだったんですよ。でもあれって、何十年もアーセナルを応援しているサポーターの縦軸の物語じゃないですか。私はそんなのは書けないから、だったら横軸にしてみれば書けるんじゃないかって思ったんですね。

──とはいえ、サッカーというテーマで、しかも2部リーグが舞台という小説って、すんなり受け入れられたんでしょうか?

津村 (連載)欄の担当さんが、サッカーが大好きな方でしたから、そこは大丈夫でしたね。それに新聞連載って、1年以上続く長丁場です。自分の興味を持続させながら書くんだったら、やっぱりサッカーのほうがいい。それと最終節の11試合ということは、11本の短編を書くということなんですよね。1本の長編を書くよりも、短編1本を1カ月ちょっとで、それが11本の方が長続きするだろうと(笑)。そういう目算もありましたね。

<2/2>につづく

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