【無料公開】なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか?『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子インタビュー<2/2>
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■どのようにして22チームが決まったのか?
──ちょっとディテールの話になるんですけど、この小説の登場人物は変わった名前が多いですね。例えば得点王になった伊勢志摩の窓井草太とか、松戸の石切秀児とか、吹奏楽部の鰺坂先輩とか。ネーミングにはこだわりがあるんでしょうか?
津村 変わった名前が多いのに意図はないです。ただ、小説の仕事って膨大に人の名前を考える仕事だから、今まで書いた登場人物と被らないようにしているのは、影響しているかもしれませんね。「この名前だったら、まだ使ってないはず」みたいな(笑)。あとは地元感のある名前にしようと意識しました。たとえば遠野に糠森(ぬかもり)という地元出身の選手が出てくるんですけど、それは岩手に多い苗字なんですよね。あと菊池(菊地)さんも多い。実際、現地で取材した時に、何人かの菊池さんにお会いしたので小説の中でも登場しています。
──なるほど。クラブ名もいろいろユニークですけど、最初の作業として22クラブのホームタウンをどこに置くかというのは楽しそうで、実はけっこう難しかったのでは?
津村 難しかったですね。というのも、手探り状態で連載を始めましたから。嵐山にはよく行っていたんでオスプレイ嵐山から書いて(※)、泉大津ならチームがあってもおかしくなさそうだから次は泉大津ディアブロにして、三鷹は行ったことがあるから三鷹ロスゲレロスにして、という感じだったんですよ。それで4話目以降から、「そろそろ行ったことのない土地の話も書かないと」と思うようになって……。
※編集部註:新聞連載時はこの話が1話目。
──つまり最初の頃は、取材をせずに書いていたと。
津村 1話から3話、それと5話の奈良FCと6話の白馬FCのホームゲームの話は、取材に出かけずに書いているんです。でもそれ以外は全部、現地に行きました。
──そうだったんですか。私はてっきり、22クラブの設定と最終節の対戦カードをすべて設定して、それから連載をスタートさせていたんだと勝手に思い込んでいたんですよ。でも実際は、こう言ってしまうと語弊があるかもですが、けっこう行き当たりばったりだったわけですね(笑)?
津村 そうですね(苦笑)。ですから11話の舞台も、広島の呉にするか、それとも函館にするのか、最後の最後まで決まりませんでした。
──そうだったんですか?! いやー、そんなに綱渡りのような進行で、よくあれだけカチッと矛盾なく最終節でまとまりましたね。そこに至るまでの勝敗とか順位とか。
津村 そこはチェックするのが本当に大変でした。やっぱり今までの作品にはない作業でしたから(苦笑)。
──ですよね(笑)。それで未知の土地のクラブなんですが、たとえば福井県の鯖江とか、土佐(高知)とか島根の松江とか、現在Jがない県や自治体をホームタウンとしているクラブがけっこうありますよね。これは意図したことだったんでしょうか?
津村 そうです。JFL以下まで言い出したらきりがないですけど、とりあえずJ3までのチームがない自治体にクラブをできるだけ作ろうというのはありました。ただ桜島ヴァルカンについては、鹿児島ユナイテッドの取材には行ったんですけど、最終節はアウエーの川越にしちゃったんですよ。でも鹿児島って、土地もサポーターもとてもおもしろかったから、本当はそっちを舞台にして書きたいというのはあったんですけど。
──鹿児島は私も二度ほど行きましたけど、あそこは本当に素晴らしいですよね。食べ物も美味しいし。ところで連載中、読者からのレスポンスってあったと思うんですけど、どんな感じだったんでしょうか?
津村 すごく多いわけではないけれど、たまにファンレターとかいただきましたね。本が出た時にも、「この本がきっかけで大宮アルディージャのサポーターになりました」みたいなお手紙をいただきました。その方は女性で、それまでサッカーには興味がなかったのに、彼氏に誘われて浦和の試合を観に行ったと。でも自分は大宮に住んでいるので、今度はひとりでNACK5に行ったら、そこではまったらしいです(笑)。
──作品を通じてサッカーファンが増えたというのは、小説家冥利に尽きますね。
津村 嬉しいことです、ものすごく。