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【無料公開】なぜ芥川賞作家は「J2」をテーマに小説を書いたのか?『ディス・イズ・ザ・デイ』津村記久子インタビュー<2/2>

サポーターと立ち話しながらの取材活動

──連載のためにさまざまな土地を取材したことが「あとがき」にも書かれていました。具体的には何カ所くらい回られたんでしょうか?

津村 覚えてないですね(笑)。スタジアム観戦を含めたら多分20カ所以上は絶対行っているんですけど、作品に大きく反映されたロケとなると6カ所ですね。鯖江、遠野、高知、松江、川越、あと呉ですね。試合観戦だと、去年はちばぎんカップからスタートして、香川、徳島、松本、岡山……ちょっと思い出せないですね。あと、水戸にも行きました!

──水戸もですか! 関西の方からすると、北関東のほうはなかなか行く機会がないと思うんですが。

津村 初めてでしたけど、面白かったですね。わりと都会だったし。あと柏は、どことなく街の雰囲気が大阪に似ているなって。柏の人には申し訳ないんですけど(笑)。

──いやいや、非常によくわかります!

津村 あと、北九州には何度か行っていますね。ギラヴァンツのホームは、今はミクニワールドスタジアムですけど、その前の本城(陸上競技場)にも行きました。実は北九州って、大阪からだとわりとアクセスがいいんですよ。新幹線でも船でも行けるから。

──そうやってスタジアム観戦をする時、どういったところに取材ポイントを置いているんでしょうか?

津村 やっぱり、お客さんです。だいたい2人か3人には話しかけるようにしています。やっぱり話しやすいのは待機列で近くにいる人ですよね。よっぽど気難しそうな人でなければ「どこからいらしたんですか?」とか「いつも来るんですか?」とか声をかけるようにします。松本山雅のアルウィンに行った時、白いワンピースを着た15歳くらいのお嬢さんが来ていて、ぜんぜんサッカーを観に行くような感じではないのに山雅の旗を持っていたんです。話を聞いたら、「お母さんとおばあちゃんの3人で、ホームゲームは全部来ています」って。しかも「実はおばあちゃんが一番のファン」って言っていましたね(笑)。

──あそこは結構、お年寄りのファンは多いですもんね。サポーターに話を聞く時って、「実は私は小説家でして」みたいなことは伝えるんですか?

津村 絶対に言わないです。「取材」といっても、その試合のことを書くわけではないですから。でも、周りから見たら「この人はどっちの応援に来ているんだろう」って思うかも。今年のJ2開幕戦は栃木対大分を観たんですけど、そこに関西弁丸出しの私が来ていたら、絶対に不思議に思うでしょうね(笑)。ですから「趣味で面白そうな試合を観に来ました」みたいな感じでごまかしていますけど。

──スタジアムでは、何人くらいのサポーターに取材したんですか?

津村 覚えてないです。立ち話程度なら、30~40人くらいですかね。ニータンのバッグを持った大分サポのおねえさんに「それ、可愛いですね」って声をかけたら、親切に「オンラインショップでいついつに売ってたんじゃないかなあ」って教えてくれたり、待機列で隣の人とおしゃべりしていたら、前の列のおじさんも話に加わってきたり。話しかけたら、いつもほんとに言葉を尽くして、いろいろ話してくださいました。

──サポーターって、それぞれに物語を持っているんですよね。ただし、職場や学校で話すことはほとんどないし、もしかしたら家庭でもないかもしれない。でも本当は、喋りたくて仕方がないんじゃないですかね。老いも若きも男も女も、ひとりひとりが物語を溜め込んだまま、週末のスタジアムにやって来る。そして何かきっかけがあると、ぶわーっと喋ってしまう。実際、この本の登場人物たちも、そんな感じじゃないですか。

津村 なるほど。初対面の私に、何でこんなに喋ってくれるんだろうって不思議に思っていたんですよ。「物語を溜め込んでいる」っていうのは、確かにそうかもしれませんね。

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