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【無料公開】蹴球本序評『サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析』五百蔵容著

 当コーナーで以前ご紹介した『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか』で一躍ブレイクしたサッカー分析家、五百蔵容(いほろい・ただし)さんの第2作。今回のテーマは、本大会を戦った西野朗監督率いる日本代表の4試合の分析である。さっそく「はじめに」から引用しよう。

 4年ごとのW杯後に、世論に問いうる広汎な分析総括がなされていないようにみえるため、それを行う基盤を作りたい──前著『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の執筆動機も、もとよりそういうものでした。そこで分析した、それまでの日本サッカーにはなかった種類の戦略的・戦術的なサッカー、戦術的デュエルを駆使した戦い。世界にキャッチアップするために足場として持っておくべき数々の重要な要素を持ち込もうとしたハリルホジッチは、本戦を指揮することはできませんでした。

(中略)その一方で、良い意味でも悪い意味でも、「素」の日本サッカーで勝負できた大会ともなったと言えます。そこから見て取れる成長の跡、積み残された問題。ハリルホジッチの仕事をはじめとした過去との連続性。ロシアW杯で可視化された世界的なサッカーの流れの中で、それらをきちんと詳細に分析・総括し、正しい現状認識に資することが今後の日本サッカーの行く末を議論する上で必要不可欠と信じ、本書を制作した次第です。

 いかがであろうか。本書の目指すところについて、実に過不足ない「宣言」である。コロンビア戦、セネガル戦、ポーランド戦、そしてラウンド16のベルギー戦。それぞれの試合についての的確な分析力と、それでいて難解さを感じさせない表現力は、前作からさらに磨きがかかっているように感じられる。しかしそれ以上に評価したいのは、大会終了から1カ月半というスピード感で本書を世に送り出したことだ。

 村上アシシさんのこちらの本もそうだが、ワールドカップを総括するのであれば、可能な限り迅速に行われるべきである。タイミングを逃してしまうと、人々の記憶が薄れてしまって手にとってもらえなくなるからだ。しかしそれ以前に「ワールドカップにおける日本代表の戦い」というテーマであれば、本来ならばJFAのしかるべき立場の方から、(せめて本書の10分の1程度の情報でも)広く速やかにファンに向けて発信されるべきであった。

「結果オーライ」で明確な総括のないまま、間もなく新体制での初陣を迎えようとしている日本代表。そんなタイミングだからこそ、本書の存在は貴重だ。と同時に「正しい現状認識」もないまま、新たな4年サイクルが始まることに、いつも以上の暗澹たる気持ちを拭えずにいる。今回のワールドカップの結果に満足している人も、そうでない人もぜひ手にとっていただきたい。定価980円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

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