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宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】わが平成史 写真とフットボールを巡って なぜ平成を振り返るのか?──前口上に代えて

 

 インタビューが無事に終了する。「1時間くらいで」という先方の希望に沿う形で、56分でひととおり聞きたいことを引き出すことができた。「それでは、最後にお写真を」と、カメラバッグからニコンのD4sを取り出す。先方は「ずいぶんと大きなカメラですね」とまず驚き、それから「ああ、そういえば写真家でしたね」と納得したように頷く。そう、私の名刺には「写真家・ノンフィクションライター」という肩書が書かれてある。だが、ほとんどの人は宇都宮徹壱をまず「ライター」と認識しているようだ。

 今月から当WMで新連載を始める。10月はTVのプログラムが入れ替わる時期。タイミングとしても悪くないだろう。題して「わが平成史 写真とフットボールを巡って」。フットボールについて書くことを生業としつつも、その根っこにあるのは写真家、そして表現者としてのアイデンティティである。実際のところ私は、まず写真家としてフリーランスの活動をスタートさせ、そして「人生で最初の本を出すために」文章を書くこととなった。それが今から20年前の1998年に上梓された『幻のサッカー王国 スタジアムから見た解体国家ユーゴスラヴィア』である。

 私がベオグラードで「写真家宣言」をしたのは、前年の97年。平成でいえば9年である。では、写真を始めるタイミングがいつかと言えば、89年。そう、まさに平成が始まった年だ。この年は世界初の実用的写真撮影法である「ダゲレオタイプ」が1839年に発明されて、ちょうど150年に当たっていた。それに合わせて「写真150年」と銘打ったイベントや書籍が巷に溢れ、私が在学していた東京藝術大学でも時ならぬ写真ブームが沸き起こっていた。ちなみにこの年、私は中古でこんなカメラを購入している。

 さて周知のとおり、平成は来年の4月30日に終わる。もっとも私自身は元号に対して、とりわけこだわりがある人間ではない。お役所の人に取材して「平成21年」と言われて、はて西暦で何年だっけ? と頭の中で指を折ってしまうくらいだ。しかし、昭和という時代を22年しか生きてこなかった私にとり、気がつけば平成の30年はそれなりに重みが感じられるものとなった。そして平成も間もなく終わろうとしているこの時期、その思いはさらに確信を帯びるようになっている。

 われわれ昭和生まれは、どうしても「激動の昭和」という枕詞に胡座をかいてしまう傾向があるようだ。確かに、15年に及ぶ戦争を挟んだ64年(実質的には62年間)は、さまざまな意味で激動であった。しかし、だからといって平成という時代が波風立たぬ平穏な時代だったかと言われれば、まったくそんなことはない。たとえば、昭和と平成を同じくらい経験している還暦の人が身近にいれば、どちらの時代により変化を感じたか訊いてみるとよい。おそらく過半数以上の人が「平成」と答えるはずだ。昭和の時代には、インターネットやスマートフォンやグローバリズムなど、おそらく誰も想像できなかっただろう。

 現在52歳となる私にとっても、平成は実に変化と起伏に富んだ30年であった。大学時代に写真という表現に出会い、大学院修了後は計5年間の会社員を経験するもバルカン半島に旅立って「写真家宣言」をし、20世紀最後の年に旧スポーツナビのスタートアップに立ち会い、21世紀に入ってすぐに人生の伴侶を得て自国開催のワールドカップを取材し、以後5大会連続でフットボールの祭典を取材しながら書籍を10冊出し、メルマガ時代を含めて個人メディアを10年近く続けて今に至っている。平成元年に23歳だった自分には、まるで想像できない人生を歩んできたし、狙ってできることでもないように思う。

 日本サッカー界にとっても、平成は極めて重要な時代となった。Jリーグ開幕と「ドーハの悲劇」は平成5年。「ジョホールバルの奇跡」は平成9年で、日本のワールドカップ初出場は平成10年、2002年の日韓大会は平成14年であった。そしてJリーグが25周年を迎え、日本代表が限りなくベスト8に近いベスト16に到達した今年は平成30年。Jリーグの歴史と日本代表のワールドカップを巡るは、今のところ平成という時代の中にきれいに収まっている。

 人は生まれてくる時代を、自ら選ぶことはできない。そして時代の空気感というものに、まったく無縁でいられることはない。同じ日本に生を受けるにしても、20年早かったら私はもっと政治的になっていたかもしれないし、逆に20年遅かったらもっとビジネスに熱心だったかもしれない。高度成長期の只中で産声を挙げ、公害問題とオイルショックの時代に子供時代を過ごし、バブル時代に青春を謳歌し、そして「失われた20年」の中で表現者としての道を模索し続けてきた、わが人生。その中でも平成という時代において、写真とフットボールに出会ったことは、まさに決定的な出来事であった。

 そうして考えると、ひとつの時代が間もなく終わるこのタイミングで、「わが平成史」を振り返ってみるのは、(少なくとも私の中では)必然のように感じられる。いやむしろ、ポスト・ワールドカップイヤーに向けて、避けて通れないテーマであるように思えてならない。というのも、最近の私はサッカーの書き手としての仕事が圧倒的に増加しており、逆に写真については「脇役」の扱いとなってしまっているからだ。仕方がないと思う一方で、忸怩たる想いを抑え込むこともできずにいる。 

 誤解のないように申し添えておくが、サッカーについて書くこと、そして魅力ある取材対象にインタビューすること、いずれも大いにやりがいを感じている。だがここ数年、目前の仕事のクオリティを保つことに精いっぱいで、自分の原点を見失いつつあることへの危機感も常に抱いていた。写真フットボール、そしてネットメディアの勃興。それら時代の偶然が重なったことで、私は表現のオリジナリティを獲得することができた。そんな僥倖を与えてくれた平成という時代も、あと半年ほどで終わろうとしている。これまでの自分の歩みを見つめ直すなら、今しかない。

 そんなわけで当連載では、「写真」と「フットボール」という切り口から、平成という時代を私自身の人生と重ねながら振り返っていく。約2500文字2本の原稿を月イチで、第1週の木曜と金曜にアップしていく(今回は「前口上」ということで無料公開とした)。連載期間は、とりあえず平成が終わる来年4月まで(好評だったら、さらに続けることになるかもしれない)。さまざまな時代を行ったり来たりしつつも、当連載は「目指すべきゴール」を設定している。もっとも、この件については少し長くなるので、また稿をあらためて記すことにしよう。

 なお今回の連載は、宇都宮徹壱WMにとっても新たなチャレンジとなる。当WMは、インタビューとフォトギャラリー、そしてコラムと日記をメインコンテンツとしている。ただしスタートから3年目を迎えて、ややルーティーン化していることが少し気になっていた。ワールドカップも終わったことだし、そろそろ新しいチャレンジをしたい。「写真」と「フットボール」という切り口から、平成という時代を自身の人生と重ねながら振り返っていく──。これぞまさしく、個人メディアの強みを前面に押し出した企画といえよう。そう、この連載は、個人メディアの新たな地平を切り開くことも目的としている。最後までお楽しみいただければ幸いである。

<明日につづく>

 

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