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【無料公開】国内最強クラブをベースに移民選手で強化 現地駐在日本人が語るキルギス代表の素顔

写真提供:二瓶直樹氏

 いつもは毎週水曜日にアップしているWMのコラムだが、今週は水曜日から地域CL決勝ラウンドが始まるため、イレギュラーで週の頭にお届けすることにしたい。その前に忘れてならないのが、豊田スタジアムで明日開催される日本代表戦。対戦相手は、中央アジアの謎めいたチーム、キルギス代表である。

 日本がこのタイミングでキルギスと対戦するのは、1月のアジアカップ初戦で対戦するトルクメニスタンを想定してのことである。とはいえキルギスって、中央アジアの弱小国でしょ?──少なくとも当初、そういうイメージが私にはあった。ところが最新のFIFAランキングを見てみると、キルギスはウズベキスタンより上位の90位。アジアでいえば、カタールやベトナムや北朝鮮よりも順位は上なのである(参照)

 さらに調べてみると、キルギスは2012年を起点に急速にランキングを上げていることがわかった。この背景には何があるのか、ぜひ知りたいところ。もっとも、キルギスのサッカー事情に詳しい人間なんて、同業者でもまずいないだろう。こういう時にモノを言うのが、長年培ってきた人脈である。

 私の友人の二瓶直樹(にへい・なおき)さんは、国連の仕事で2年近くキルギスの首都ビシュケクに駐在している。肩書は「UNDPキルギス共和国事務所兼キルギス国連常駐調整官事務所 平和・開発担当顧問」。専門家ではないもののサッカーへの造詣は深く、現地で国内リーグや代表戦も何試合か観戦しているそうだ。そんなわけで明日の代表戦を前に、謎に満ちたキルギス代表の素顔について二瓶さんに語っていただいた。

写真提供:二瓶直樹氏

──今日はよろしくお願いします。本題に入る前に、二瓶さんがキルギスでどんなお仕事をされているのか、まずは教えてください。

二瓶 キルギスには昨年1月から駐在しております。首都ビシュケクにある国連事務所にて、平和・開発担当顧問として、現地の国連駐在代表の補佐官を務めております。具体的には、キルギス南部で国境を接するウズベキスタンやタジキスタンとの民族間紛争予防のために、地域住民への支援に関与しています。また近年ではIS(イスラミック・ステート)にリクルートされて、キルギスからシリアやイラクでのテロ活動に関与するケースが増えているため、現地のNGOと連携しながら国内での啓蒙事業にも関わっています。

──危険と隣り合わせの重要な任務ですね。ところで中央アジア5カ国のうち、私はウズベキスタンとタジキスタンは取材で訪れているのですが、キルギスはまったく馴染みがありません。おそらく多くの日本人がイメージしにくい国だと思うのですが。

二瓶 キルギスはソビエト連邦の崩壊に伴い、1991年に独立した若い国です。人口は約600万人で、面積は約20万平方キロメートルですから、日本の半分くらい。アジアとヨーロッパ、ロシアと中東を結ぶシルクロードと呼ばれた交易路に位置しています。「天山山脈がある国」といえばイメージしやすいでしょうか。3000から4000メートル級の山々や湖などの自然がとても豊かで、キルギスは「中央アジアのスイス」と呼ばれています。実際、観光業も盛んですし。

──なるほど。日本との関係というところではいかがでしょうか?

二瓶 日本はキルギスの独立直後に国交を開始して、昨年は国交25周年の節目の年でした。実はキルギスには東アジア系の顔立ちの人が多くて、「大昔、キルギス人と日本人は兄弟だった」とか「ユーラシア大陸のどこかで、肉が好きな者はキルギス人となり、魚が好きな者は東の海に渡って日本人となった」という言い伝えがあるほどです(笑)。現在でも、日本の戦後の発展や日本文化などに関心を持つ人々多くて、キルギスは大の親日国家です。

──そんなキルギスに、二瓶さんは2年近く暮らしているわけですが、実際のところ住んでみていかがでしょうか?

二瓶 私が住む首都のビシュケクは、人口100万ほどの都市で、日本人をはじめ多くの外国人が暮らしています。ロシアや欧州の影響などもあって、おしゃれなカフェやレストランに加え、巨大ショッピングモールも増えてきました。東の国境を越えれば中国ですから、街なかでは中華料理屋もよく見かけます。食べ物にはそんなに困らないですね。

 物価も安いし治安も良いので、比較的快適に過ごしています。ただ気候に関しては、夏は35度まで気温が上昇しますし、冬の寒い時はマイナス25度にもなります。それでも、首都では冷暖房がきちんと整備されていますので、それほど不自由は感じません。

──キルギスという国のアウトラインが見えてきたところで、そろそろ本題に入りたいと思います。まずはキルギスにおけるサッカーの地位と、国内リーグの概要から教えていただけますでしょうか?

二瓶 キルギスでは旧ソ連時代から、サッカーは国民の間で最も人気を有するスポーツでした。現在でもホッケーと並んで一番人気があります。今年8月にインドネシアで開催されたアジア大会では、これらの競技でキルギスは出場しています。一方で、レスリングや柔道といった格闘技も盛んですね。

 キルギスの国内リーグは「トップリーグ」と呼ばれていて、8チームによる4回戦のリーグ戦28節で優勝を競います。独立後の92年以降、しばらくは旧ソ連時代から存在したFCアルガ(旧称ゼニト・ビシュケク)FCアライの2大クラブによる時代が続いていました。これが2000年代半ばになると、有力ビジネスマンによって97年に創設された、FCドルドイの時代に入ります。

 ドルドイは04年から06年までの3シーズン、リーグとカップの2冠を独占して黄金時代を築きました。04年から今年までの15シーズンでは、6連覇を含む10回のリーグ優勝、そして8回のカップ戦優勝。今季も4シーズンぶりに2冠に輝いていて、国内では突出した強さを見せています。

──そのFCドルドイの監督が、キルギスの代表監督も兼任していると聞いているのですが。

二瓶 そうなんです。キルギス代表のアレクサンデル・クレスティニン監督は、ロシア出身で初の外国人監督です。10年に監督兼任の選手として、キルギスのFCネフチに移籍して、その年の優勝に貢献。その後、14年にキルギス代表監督となり、17年からはFCドルドイの監督を兼任することになりました。そうした経緯もあって、代表の選手の6~7割は、FCドルドイから選抜された選手です。リーグでの実力を基盤にして、代表チームを編成するという、小国ならではの効率的なシステムを採用しています。

写真提供:二瓶直樹氏

──なんだか、バレリー・ロバノフスキーが監督だった頃のウクライナ代表とディナモ・キエフみたいな話ですね。キルギスでは、国内リーグとナショナルチーム、どちらに人気があるんでしょうか?

二瓶 今は国内リーグよりも、代表チームの方が人気はありますね。現地のジャーナリストによれば、15年に首都ビシュケクのスパルタク・スタジアムで開催されたワールドカップ・ロシア予選でオーストラリアと対戦した試合が、代表サッカー人気の火付け的なイベントだったそうです。

──キルギスのFIFAランキングは90位と、意外と高いですね。中央アジア5カ国で見てみると、ウズベキスタン94位、カザフスタン117位(UEFA所属)、タジキスタン118位、トルクメニスタン128位。12年の段階では199位だったキルギスが、この6年でこれだけ順位を上げた背景には、何があったのでしょうか?

二瓶 その12年にFFKR(キルギスサッカー協会)会長に就任した、セメテイ・スルタノフの尽力によるところが大きかったと思います。旧来型の体制の見直し、運営体制や代表強化への改革の取り組み、そしてFIFAとの関係を強化しながら国内リーグの発展にも、スルタノフ会長は力を入れてきました。それともうひとつは、移民選手の活用ですね。

──移民選手といいますと?

二瓶 実はキルギスは、80以上の民族からなる多民族国家です。キルギス系に加えて、ロシア系、ウクライナ系、ウズベク系、さらにはドイツ系や朝鮮系など多様な社会から構成されています。独立後、キルギスから海外に移住する人も多かったんですが、FFKRは15年頃から国外でプレーするキルギス出身の選手をスカウトするようになりました。ドイツ系の場合、そんなに有名な選手はいないですが、それでもブンデスリーガ2部とかユース代表などで活躍するキリギス出身の選手はいましたので。

──なるほど。移民選手というのはつまり、逆輸入された海外組、ということですね。

二瓶 そうです。国外で力をつけて祖国に戻ってくるパターンでいうと、MFのエドガー・ベルンハルト(GKSティヒ=ポーランド)、FWのビタリー・ルクス(SSVウルム=ドイツ)、DFのビクトール・マイヤー(SCヴィーデンブリュック=同)といった選手たちです。彼らの欧州リーグでの経験は、間違いなく代表のレベルアップに寄与しています。

 こうした移民選手に加えて、ドルドイの中心選手でもある中盤のパベル・シドレンコ、同じくドルドイの守備の要で、ガーナから帰化したダニエル・テゴ(今季、バングラデシュのクラブへ移籍)といった選手で構成されているのが、現在のキルギス代表です。

──キルギスに、ガーナからの帰化選手がいるというのは驚きでした。そうした強化策が実って、今回ついにアジアカップ初出場を果たしたということですね?

二瓶 そうなんです。今回のアジアカップから、出場枠が16から24に拡大された恩恵も確かにあったでしょう。それでも、近年のFFKRによる代表強化策の成果は見逃せないと思います。ちなみにアジア大会でのキルギスは、韓国、中国、フィリピンと同組です。日本は、トルクメニスタン、ウズベキスタン、そしてオマーンですよね。キルギスは東アジアの国と、日本は中央アジアの国と、2試合ずつ戦います。そうした意味で、11月20日の親善試合は、お互いにとってアジアカップを想定した戦いができると思います。

──私もそのご意見に同意です。では最後に、キルギスのサッカーを知る数少ない日本人として、二瓶さんがこの試合に期待することを教えてください。

二瓶 20日に豊田スタジアムで行われる親善試合は、キルギスにとってはアジアカップの準備というだけでなく、国際経験豊かな日本と対戦するということ自体に大きな意味があります。FIFAランキングを見るまでもなく、チームの総合力や個々のレベルではキルギスは日本に遠く及ばないでしょう。それでも結果はどうあれ、キルギスがこの試合から少しでも多くの経験を得て、国内サッカーの将来の発展につながることを心から願っています。

<この稿、了>

【編集部より】本稿は11月21日に無料公開となります。

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