宇都宮徹壱ウェブマガジン

最先端を引きつける明確な「ビジョン」 奈良クラブの新たなスタートに寄せて

 会場に到着すると、J・ガイルズ・バンドの『堕ちた天使』がヘビーローテで流れていた。1981年のヒット曲に懐かしさを覚えつつ、メディアの受付を済ませて最前列右端に撮影ポジションを定める。周囲を見渡すと、同業者がほとんどいないことに気づいた。代わりにビジネス系やデジタル系と思しき取材者が、「どんな話が聞けるんだろう」という面持ちで開演の時を待っている。天皇杯決勝が行われた12月9日の13時、奈良クラブの新体制&ビジョン発表会「N.PARK DAY」が都内のシェアグリーン南青山で開催された。

 奈良クラブといえば、4年前の14年に千葉で行われた地域決勝で優勝して、見事にJFLに昇格した瞬間を私は目撃している(参照)。そのまた1年前の13年には、奈良まで足を伸ばして、そのユニークなデザインのユニフォームの作り手にインタビューしたこともあった(参照)。最近、何かと話題に上ることが多い同クラブだが、少なくとも私は5年前の関西リーグ時代から注目していたわけで、その意味でも今回の発表会は是が非でも見ておきたかった。

 この日の登壇者は、このほど新会社の代表取締役社長に就任した中川政七、代表取締役副社長兼NPO法人奈良クラブ理事長の矢部次郎、23歳のゼネラルマネージャーとして注目を集める林舞輝、そしてクリエイティブディレクターの幅允孝の4氏。矢部さんは地域リーグ時代からのお付き合いだし、幅さんはサッカー本大賞の選考委員だし、林さんは面識こそないものの彼の書いたものはよく読ませていただいているし、中川社長も直接お話はしていないけれどもTwitterで何度かやりとりしている。関係性に濃淡はあるものの、いち地方クラブの会見に、これほど見知った顔が並ぶことも珍しい。

 実は奈良クラブに関しては、次号のフットボール批評に寄稿する予定である。それゆえに、footballistaで6回連続の特集が組まれたときには、一瞬「やられたかな」とも思った。想定していた取材対象者がほぼ被っていたし、それぞれのインタビューも実に丁寧に掘り下げていたからだ。だが少し考えて、自分なりのアプローチが可能であると思い直した。私はこのクラブを地域リーグ時代から取材しているし、より地政学的な側面からのアプローチも十分に可能だろう。本稿では、この発表会から明確に見えてきた、奈良という土地が抱える課題と、クラブが前面に押し出していた「ビジョン」について考察することにしたい。

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