宇都宮徹壱ウェブマガジン

出演者も視聴者も前のめりになれる「裏解説」 戸田和幸(サッカー指導者・解説者)<1/4>

 今週と来週は、個人的に最も旬だと思っている(そしておそらく日本のサッカーファンの間でも最も注目を集めている)解説者にご登場いただく。戸田和幸さんは2002年ワールドカップに出場した元日本代表であり、清水エスパルス、トッテナム、ADOデン・ハーグ、サンフレッチェ広島など、国内外の10クラブで18シーズンにわたってプレー。現役引退後は解説者としての実績を積む一方で、昨年は慶應義塾大学ソッカー部のCチームを1年間、指導している。

 解説者としての戸田さんといえば、ストレートで切れ味鋭いコメントと分析力がまず思い浮かぶ。しかしながら、それらに裏打ちされた入念な準備と日々の鍛錬についても看過してはならない。情報のアップデートのみならず、「どうすればサッカーの魅力をより多くの視聴者に伝えられるか」を常に意識し、「サッカーを言語化する」ことに全力で取り組んでいる。ここまでなら、多くの解説者も同様なのかもしれない。もうひとつ戸田さんの特筆すべき点を挙げるなら、新しいことに対して前のめりに挑戦する愚直な姿勢であろう。

 その端的な例が、昨年秋からスタートさせた「裏解説」。主旨については、戸田さん自身がこちらで語っているとおり、試合映像を見ながらリアルタイムで「いまその瞬間に何が起きているのかを、言語化する」新しいメディアである。昨年10月16日の日本対ウルグアイ戦で有料化をスタートさせ、今年1月のアジアカップで一気に人気に火が点いた。私はUAEで取材中だったので、リアルタイムでは見ていない。それでも「これはサッカー中継のあり方を根本から変えるかもしれない」という確信めいた予感を覚えていた。

 戸田さんとは取材現場で面識があったため、今回の取材アポイントは比較的スムーズであった。ところがインタビューを終えて、いざ原稿に落とし込もうと思った時に「これは一筋縄ではいかないな」と痛感した。というのも、ほとんどのコメントに無駄がなかったからだ。当WMでは、1時間ちょっとのインタビューを1万字くらいにまとめるのが通例だが、今回はどの言葉も活かしたいという思いを捨てきれず、結局2倍の分量となってしまった。まとめるのに苦労したが、こちらも前のめりになるほかなかった。

 かくして今回は、個人インタビューでは珍しく前後編の大作となった。前編となる今週は「裏解説」について。これまでありそうでなかった企画は、どのような経緯からスタートしたのか。実制作にはどれくらいのマンパワーを要したのか。チケットの金額設定は? ゲストの選定は? 顧客満足は? 課金コンテンツの作り手としては、聞きたいことが山ほどあった。それらの疑問のひとつひとつに、言葉を濁すことなく明快に答えてくれた戸田さんには、この場を借りて感謝したい。(取材日:2019年2月21日@東京)

<目次>

*「注目の選手は誰ですか?」という質問への疑問

*2000円の有料コンテンツを2138人が購入

*97%が「満足」。スタジオを提供してくれた会員も

*日本に『マッチ・オブ・ザ・デイ』がない理由とは?

*「天と地の差くらいの差」がある無料と有料の壁

*「裏解説」が出演者に極度の緊張感を強いる理由

■時間をかけた準備と「排除すべき情報」

──今日はよろしくお願いします。今週末にJリーグが開幕します、戸田さんが解説を担当するのは川崎フロンターレ対FC東京。この注目カードを任されるというあたりに「解説者・戸田和幸」への期待と評価が感じられるわけですが、ご自身ではどう捉えていますか?

戸田 期待と評価ですか? どうでしょうね(苦笑)。自分としては、任せていただくカードがどれであっても、準備に費やす時間は基本的に変わりないというのが率直なところです。ただ、皆さんが注目するようなカード(を担当すること)が増えてきているという実感みたいなものは、確かにありますね。

──戸田さんの場合、1試合の準備をするのに何時間かけています? 5時間くらい?

戸田 いやいや、5時間じゃぜんぜん終わらないですよ! 両チームの直近の試合を見るだけでも、どれだけかかると思います? つい先週かな、ちょっと時間に余裕ができたので、マンチェスター・ユナイテッドとパリ・サンジェルマンの映像を丁寧に見返してみたんですよ。そうしたら1試合で4時間かかりましたよ。さすがにそれを毎回やっていたら、時間がなくなってしまいますけどね(笑)。

──ご自身はどこまで自覚しているかわからないですけど、今日のテーマであるアジアカップでの「裏解説」を契機に、戸田さんの解説を評価するファンが一段と増えたように感じます。実際、戸田さんの耳にもある程度は情報が入っていると思うのですが。

戸田 少なくとも僕の仕事は、視聴者のためにあるものですから、見ている人がサッカーを面白いと感じなくなったら意味がないですよね。それは僕が解説という仕事をスタートさせる時、大前提の心構えとして持っていました。試合の中で起こっていることをきちんと伝えるのは当然として、日々進化していくサッカーの戦術とか解釈とかについても、どんどんアップデートしていく必要がある。その一方で「排除すべき情報」というのもあるんだなと、この仕事を続けていて感じることもあります。

──「排除すべき情報」といいますと?

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