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【無料公開】蹴球本序評『「平成日本サッカー」秘史 熱狂と歓喜はこうして生まれた』小倉純二著

 元JFA会長であり、FIFAAFCの理事を歴任した小倉純二さん(現JFA最高顧問)による回顧録。小倉さんには近々インタビューする予定なので、旅行中に何となくページをめくっていたら瞬く間に読了してしまった。さっそく「まえがき──平成とサッカー」から引用しよう。

 平成の世は「バブル経済」の崩壊、グローバル化の加速、阪神・淡路大震災や東日本大震災に見舞われるなど、激動の時代だった。日本は世界2位の経済大国の地位を中国に奪われ、経済的には「失われた20年」と呼ばれたりもする。その中でサッカーだけが右肩上がりの成長を遂げられた。内閣総理大臣秘書官や復興庁事務次官などを歴任された岡本全勝さんは「平成の時代、うまくいったのはサッカーと理系くらいのものだ」と語られたそうである。

 なぜだろう。当事者の一人である私も不思議に思うことである。

 この問題提起こそが、本書の方向性を端的に表現している。小倉さんは1962年に古河電気工業に入社。サッカー経験はまったくなかったが、同社のサッカー部の運営を手伝うようになり、やがてJSLJFAで事務方の仕事をするようになる。転機となったのが、81年のロンドン支社への転勤。本業の傍ら「母国」の伝統のありようとクラブ運営のノウハウを吸収し、さらに現地で築いた人脈が本人のみならず日本サッカー界の財産となっていった。

 改元のタイミングに合わせて、「平成日本サッカー」を振り返る企画はいくつもあったが、まとまった書籍は本書が唯一ではないか。加えて歴史の語り部として、川淵三郎さんや木之本興三さん(故人)以外の人選というのが新鮮。小倉さんはJリーグ立ち上げの中心にはいなかったものの、その前史においては間違いなく当事者のひとりだったし、何よりJFAのガバナンスやファイナンス、そしてディプロマシーを長年にわたって担ってきた。そうした視点による日本サッカー史観は、意外とこれまでにはなかったものだ。

 本書で書かれている内容は、その多くが見聞きしてきたものであったが、逆に昭和末期の話が個人的には興味深かった。本書の中で小倉さんは《古河電工というスポーツに理解のある会社の中で社業とサッカー部の活動を楽しく両立できていた。》と振り返っている。プロ化の対局として、時に悪しざまに扱われる企業スポーツ。それでもJリーグがスタートダッシュに成功し、日本サッカーが世界に打って出るためのインフラや人材を提供したのは、間違いなくJSLを支えた各企業であったことは留意すべきである。

 最近では「ドーハの悲劇」や「ワールドカップ日韓共催決定」を知らない世代も、確実に増えてきている。改元で平成の時代が歴史化していく中、とりわけ平成生まれのサッカーファンには是非とも手にとっていただきたい一冊だ。定価920円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

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