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【無料公開】RIOを振り返り、TOKYOを想う 千田善×篠原美也子×宇都宮徹壱鼎談<2/2>

イラスト:篠原美也子

「地獄のような日々」の是非

――さっきの「地獄のような日々」といったのは銅メダルを獲得したシンクロの選手でしたけど、報道によれば1日12時間も練習することもあったそうですね。もちろん、過酷なトレーニングを課すことによってフィジカルやメンタルが鍛えられることもあると思うし、ある程度の負荷をかけることはどの競技でも必要だと思います。

 ただ何というか、サッカーの世界で仕事をしている人間からすると、いわゆるしごきやスパルタでチームが強くなるかというと、決してそんなことはないわけです。かつてサッカーでも、熱が39度あっても試合に出ていたことが美談にされた時代もあったけれど、今はそうではない。その意味で、メダルが取れたのはもちろん良かったけれど、「地獄のような日々」が全面的に肯定されてよいのかというのは、正直疑問としてありますね。

篠原 でも、「じゃあ、今回の男子サッカーはなんで上に行けなかったの?」って話になりません? もちろん、運や巡り合わせもあるでしょうけど。私もシンクロのお姉さんたちが、口を合わせて「地獄のような日々でした」と言っているのを聞いて笑ってしまったけれど、監督さん(井村雅代)はしれっと「ぜんぜん甘いね」って言い切っていたじゃないですか(笑)。そんなことでは五輪のような大一番では勝てないし、どれだけ心の底から勝ちたいと思うかということでしょう?

 去年のラグビーのワールドカップもそうですよ。「俺たち、世界一のハードワークをしてきた。だから絶対大丈夫」みたいなことを選手たちは言っていましたよ。あれは、エディ・ジョーンズは本当に憎まれるぐらい、過酷な練習をやっていたわけですよ。結果が出たから良かったけどね。

千田 エディさんの練習は短時間なんだよね。

篠原 でも短時間の練習を何セットもやる。しかも朝5時スタートとか。元代表の解説の人が「見ているだけで吐きそうになりました」って言っていましたけど、結果が出ればみんな腑に落ちるってことなんですけどね。

――うーん、とことん結果を求めることについては、もちろん否定はしませんよ。むしろ今回の男子サッカーは、そこがすごく曖昧だったことも認めます。ただ、日本のスポーツ界が「メダル獲得」を至上の目的とすることで、根性論やスパルタ指導が是とされることには、いささかの危機感を禁じ得ないですね。

篠原 でも、ウチにもU-15の男の子がいるのでわかりますけど、今の子は本当に根性がなくてがっかりしますよ。代表選手と一緒にしちゃいけないけど(笑)、今の若い子たちってどこか、すごくひ弱な感じがする。私は技術的なことはわからないですけど、目的は何であれ「思いつめ方」みたいなものがどこか足りないんじゃないかと。「上手い」のと「強い」のは違うだろうって。

――まあ、男子サッカーがメダルに淡白でいられるのは、単純にそこが「勝負の場」ではないってことがありますよね。もちろん、同じサッカーでも女子の状況は違うし、マイナースポーツの選手であればメダルの持つ意味はまるで違ってきますから、そりゃ必死になりますよ。

千田 今回、「日本のお家芸復活」が盛んに言われたけれど、そのほとんどはグラスルーツや育成のところを見なおしたことでの成果と言われていますよね。体操も柔道もバドミントンも。特に体操は、競技人口そのものはそんなに増えていないのに、体操協会が長期プロジェクトのモデルを作って、トランポリンで空中感覚を養った少年が3回転半ひねりとかやるようになるわけだよ。もちろん、サッカーも育成には力をかけてやっているけれど、「アジアのさらに先」ということを考えると、何かが不足しているように感じる。

――日本サッカー協会は、他の国内のスポーツ競技団体と比べてかなりリードしている、というのがサッカー界の認識でしたけれど、横断的に他競技を取材している同業者に話を聞くと、逆にもっと参考にしたほうが事例は実はいっぱいあるようです。だから、いつまでも「ウチが一番」と思わないほうがいい。今回のリオ五輪の影響を受けて、今後はサッカーではなく卓球やバドミントンや陸上に進む子も増えてくるかもしれないですね。

篠原 中学校なんか、普通にバスケやバドミントンに人気が集まっていますよ。初心者でも始められるから、小学校の時点でサッカーを諦めて、そこから別のスポーツを始める子って一定数いますし。だからバスケやバドミントンなんかは、全国の公立中学に指導者を派遣することを真剣に考えたほうがいいと思いますね。

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