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宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】RIOを振り返り、TOKYOを想う 千田善×篠原美也子×宇都宮徹壱鼎談<2/2>

リオ五輪の向こう側に

――それにしても、一時は開催そのものが危ぶまれたリオ五輪ですが、何とか無事に閉幕することになりそうですね。もちろん、閉幕後も問題山積な感じですが。

篠原 終わったら、ブラジルは潰れちゃうんじゃないですか? 大丈夫ですか?

千田 潰れはしないと思うけど、大統領の弾劾裁判も始まるしね。

篠原 ツアーが始まったり、ちょっと大きなライブなんかがあったりすると、請求書とか後回しになってワーってやるんだけど、終わったあとに後回しにしていたことが一気に吹き出してくるという、そんな感じですかね(笑)。

――まさに今回、そんな感じになるかもしれないですね。ブラジルの好景気が、そんなに長く続かなかったというのもありますが、そもそも五輪というイベントにお金がかかりすぎて、しかもそれほど儲からないってことも明らかになりつつありますから。

千田 ロス五輪(84年)以前の大会は、その(2大会)前のモントリオールとかすごくお金がかかったんだけど、商業化してからは税金であまり負担しなくて済む五輪になった。でもそれがワンサイクル回って、商業化したがゆえにますます肥大化して、お金がかかる五輪になったということなんでしょうね。

――次の東京も、いろいろ問題が出てきそうですね。スタジアムの問題もあるし、猛暑の中での大会になるのは必至だし。

篠原 壊さなきゃよかったね、国立。

千田 本当にそう思います、それは。

――森(喜朗)さんみたいな古い権力者は、昭和の東京五輪に高度成長期へのノスタルジアを重ねていると思うんですけど、当時と今とでは時代がまったく違いますからね。国家としての活力も、今は明らかに下り坂なんだし。そんな中、今度の東京五輪は、新幹線や高速道路のようなインフラではなく、もっと違ったレガシーを残すことを目指すべきではないかと思います。いかがでしょうか?

千田 僕は、子供たちがスポーツ好きになるかということと、どれだけ世界の人たちと交流できるかだと思うな。長野の冬季五輪(98年)の時、長野市の三本柳小学校がボスニア・ヘルツェゴビナの選手たちと交流して、非常に嬉しかったとボスニアの大使が言っていたんだよね。2002年のワールドカップでも、クロアチアが新潟でキャンプを張ったことで、新潟国際ユースにクロアチアが招かれるようになったし。

――そういう交流は大事ですよね。日本のメダル獲得ももちろん大事ですけど、海外からのお客さんと交流して、おもてなしをして、日本のファンを増やしていくことも、非常に重要だと思います。

篠原 私は純粋に、スポーツがもっと身近に感じられるようになってほしいですね。私自身、水球とか近代五種とか、今度は競技場で見られることがすごく楽しみ!

――スポーツを通して得られる、本質的な意味での豊かさが実感できたり、あらためて考えたりする機会になってほしいですね。くどいようですけど、メダル獲得はもちろん素晴らしいですけど、メダルだけが目的化している風潮が個人的には心配です。心配ということで言えば、やはりテロのリスク。4年後の国際情勢がどうなっているかなんて、誰もわからないわけですけれど。

千田 治安面では東京は全然心配ないけど、テロのリスクはやっぱり心配ですよね。以前ならば「日本は攻撃しないでおこう」みたいな空気があったし、紛争地帯での取材経験でいうと、「日の丸を出しておけば当事者ではない」というメッセージになったので安全だったのね。それは取材者だけでなく、NGOの人たちもそうだったんです。でも今後、アメリカに何かあったら自衛隊も出動するということになれば、どうなるかはわからない。それとは別に、北朝鮮が何かを起こす危険性も否定できないわけだけど。

――いずれにせよ「平和の祭典」なんですから、平和の中で開催されてほしいですよね。国内の課題も山積ですけど、4年なんてあっという間ですから。4年後、またこの企画をやりたいと思います。どうですか?

篠原 いいですね! それまで元気でいましょうね。

千田 次は東京で会いましょう!

<この稿、了>

千田善(ちだ・ぜん)

1958年岩手県生まれ。国際ジャーナリスト、通訳・翻訳者(セルビア・クロアチア語など)。旧ユーゴスラビア(現セルビア)ベオグラード大学政治学部大学院中退(国際政治専攻)。専門は国際政治、民族紛争、異文化コミュニケーション、サッカーなど。新聞、雑誌、テレビ・ラジオ、各地の講演など幅広く活動。 紛争取材など, のべ10年の旧ユーゴスラビア生活後、外務省研修所、一橋大学、中央大学、放送大学などの講師を経て、イビツァ・オシム氏の日本代表監督就任にともない, 日本サッカー協会アドバイザー退任まで(2006年7月~2008年12月)専任通訳を務める。サッカー歴40年、現在もシニアリーグの現役プレーヤー。 著書:『ワールドカップの世界史』(みすず書房2006)、『なぜ戦争は終わらないか』(みすず書房2002)、『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか』(勁草書房1999)、『ユーゴ紛争』(講談社現代新書1993)ほか。訳書:G・カステラン/A・ベルナール『スロヴェニア』(白水社・文庫クセジュ2000)、G・カステラン/G・ヴィダン『クロアチア』(白水社・文庫クセジュ2000)、マルコ・トマシュ『オシム: ゲームという名の人生』(筑摩書房)

篠原美也子(しのはら・みやこ)

東京生まれのシンガーソングライター。1993年シングル「ひとり」でデビュー。2013年春、デビュー20周年を迎え、20タイトル目となる記念盤のセルフカバー「青をひとつ、胸に抱いて」を発表。時にやさしく時に鋭い歌詞と繊細なメロディは世代を選ばず多くの共感を呼び、ライブパフォーマンスに於いても力強い歌声でオーディエンスを魅了し続けている。93年~95年まで「篠原美也子のオールナイトニッポン」水曜2部パーソナリティを担当。音楽に留まらず、スポーツや政治にも物申すノーコンエッセイ、自宅に仲間を招いての宴会中継USTREAM「居酒屋みやこ」、気まぐれ絵日記ブログなど、独自の世界観と表現を精力的に発信中。02年結婚・出産。一男の母。ジャンルを問わないスポーツウォッチャーぶりが縁となり、徹マガには通巻第20号&21号にインタビューゲストで登場。13年秋より「篠原美也子の月イチ雑食観戦記」連載スタート。15年秋には、同連載が収録された初の著書「スポーツに恋して──感傷的ウォッチャーの雑食観戦記」が発表された。

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