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【無料公開】「ゼルビー、いなくなっちゃうの?」マスコット変更という悪手を憂う理由

【編集部より】2019年10月11日に無料公開としました。10月10日に行われたFC町田ゼルビアのサポーターズミーティングの中で、クラブオーナーの藤田晋氏はゼルビーの去就に関して「スタジアムのマスコットとして残る」としています。しかし一方で「ゆるキャラを用いた球団、というチームがあまりにも多くて」とも発言しているのは留意すべきでしょう(参照)。他サポからもリスペクトされる完成度の高いマスコット、ゼルビーがなし崩しに消えてしまわないことを心から願います。


 ワールドカップ、アジア2次予選の初戦となる、ミャンマーとのアウエー戦当日にこの原稿を書いている。間もなくスタジアムに向かわなければならないので、今回のコラムはいつもより少し短めとなることをお許しいただきたい。今回は日本代表やヤンゴンでの出来事ではなく、FC町田ゼルビアに関して個人的に懸念していることを記す。クラブ側からは正式なアナウンスがないため、どうしても憶測に基づく言及が出てくるが、すべてが決する前に書き記したほうがよいと判断した。

 9月7日、FC町田ゼルビアのホームゲームで、このような横断幕が掲出された。きっかけは、町田の親会社となったサイバーエージェントが「FC町田トウキョウ」という名称、および新エンブレムや新マスコットと思しき商標を出願していたことが明らかになったことだ。名称変更は以前より噂されていたことであり、私も昨年の段階でこのようなコラムを執筆している(今回の一件を受けて無料公開としたら大きな反応があり、自分でも少し驚いている)。

 町田の地域リーグ時代をご存じない方にいちおう説明すると、ゼルビアの「Z」を基調とした現在のエンブレムは、JFLに昇格した2009年から使用されているものだ。ユニフォームの色も、かつてはファーストは白が基調で、セカンドがポルトガル代表に似た赤。これまた09年に現在のものに一新されている。ただし「ゼルビア」という名称は、東京都1部時代の97年まで遡ることができ、当然ながらファンやサポーターの愛着は深い。その語源は町田市の樹(ケヤキ=ゼルコヴァ)と花(サルビア)を合わせたもの。実に町田らしいネーミングだ。

 新クラブ名となる可能性が高いと見られる「FC町田トウキョウ」については、二重の当惑を町田サポーターに強いることになるだろう。単に愛着のある「ゼルビア」が奪われるだけでなく、カタカナの「トウキョウ」へのサポーターの抵抗は容易に想像できる。神奈川県に穿たれたクサビのような土地ゆえに、よく「神奈川県町田市」と間違えられ、加えてもともと都民としての自覚が薄い町田市民。それがここに来て、クラブが「トウキョウ」を標榜することに、果たしてどれだけの支持が得られるのだろうか。

 もうひとつ個人的に非常に気になっているのが、新マスコットと思われるこちらのデザイン。マスコット愛好家の間では、ツエーゲン金沢のゲンゾーとゲンゾイヤーのように「ゼルビーが変身した姿ではないか」という意見もある。しかしながら、親会社のサイバーエージェントが他クラブの二番煎じに乗っかるだろうか。むしろ「ゼルビア」を連想させる今のマスコットをお役御免として、新しいマスコットで「トウキョウ」を全面的に打ち出す可能性が高いようにさえ感じる。

 もしも私の懸念が的中したならば、それは「悪手」と言うほかない。それも最悪の悪手である。Jリーグ26年の歴史の中で、クラブ名やチームカラーが変わることは、これまで何例かあった。エンブレムに至っては、時代やクラブのグレードの変化に応じて多くのクラブが更新してきた。しかしながら、マスコットが変更された例というのは(いわゆる「整形」を除けば)これまで一度もなかった。なぜならマスコットはクラブにとり、文字通りの「聖域」だったからである。

「マスコットってクラブにとって『移籍しないスーパースター』なんですよね」と語っていたのは、キヅールを世に送り出したいわてグルージャ盛岡の宮野聡社長である。マスコットの存在価値を、これほどまでに端的に表した言葉を私は知らない。選手も監督も社長も、いずれはクラブを去っていく。スポンサーもまたしかり。唯一、クラブに留まり続ける存在は、マスコットだけである。オリジナル10のマスコットに至っては、親と子と孫の三代にわたって愛されているケースも決して珍しくない。

 そのような移籍しないスーパースターを、ブランドイメージの刷新というだけの理由で排除し、あまつさえ「これからはこの子がマスコットですよー」と言われても、果たして子供たちは納得するだろうか(否、大人でも拒否反応を示すだろう)。かつて「大人の事情」により、子供たちの前からこつ然と姿を消したマスコットがいた。そう、横浜フリューゲルスのとび丸である。今回も「大人の事情」ではあるが、クラブが消滅するわけでもないのに大好きなマスコットと引き離されたとしたら、町田の子供たちはどんなに悲しむだろうか。

 もしもサイバーエージェントが、本当にマスコットの変更を考えているのであれば、是非とも考えを改めてほしい。どうしても新マスコットを世に出したいのなら、「ゼルビーが変身する」という設定でもよいではないか。安定的な経営、基準を満たすスタジアム、そしてJ1昇格。どれもサポーターにとっては魅力的な話だ。しかしながら、たとえそれらすべてが実現されたとしても、サポーターが大切にしてきたものを簡単に奪ってよいという話にはならないだろう。「ゼルビー、いなくなっちゃうの?」と、子供たちを不安がらせてはいけない。

 杞憂であってほしいと、心から願う。

<この稿、了>

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