宇都宮徹壱ウェブマガジン

釜石取材、ラグビーワールドカップ開幕、そして札幌へ 9月16日(月・祝)~22日(日)

9月16日(月・祝)雨時々くもり@釜石

 5時起床。新しい1週間は、取材先の釜石から。そして3連休の最終日は、ラグビーワールドカップ開幕4日前でもある。今日も朝の時間を有効活用するべく、まずはいわき市で事前キャンプを行った、ラグビーサモア代表の原稿をブラッシュアップして早々に入稿。ホテルの朝食を摂ってから、先週の日記をまとめて、こちらも入稿する。

 さらに、今週アップ予定の松本山雅座談会の動画も、テロップを入れる前の段階まで仕上げる。これで今日の仕事の半分が終了。11時45分にホテルを出ると、朝から降っていた雨は幸い止んでいた。釜石駅まで歩き、駅前の食堂で昼食に釜石ラーメンを食べてから、12時15分発の三陸鉄道リアス線に乗車。2つ先の鵜住居(うのすまい)で下車する。

 この日はラグビーワールドカップの会場にもなっている、釜石鵜住居復興スタジアムを視察。スタジアムが建てられた地域は甚大な津波被害があり、「復興まちづくり基本計画」として、全壊した小中学校の跡地にスタジアムが建設された。そうした経緯を知っていたので、どんなスタジアムなのだろうと楽しみにしていたのだが、なぜか白い工事用の柵で覆われていて全貌が見えない。いささか損をしたような気分である。

 リアス線で戻る途中、Twitterをチェックしていたら、「リック・オケイセック」の文字がトレンド入りしていた。胸騒ぎがしてチェックしたら75歳で亡くなったとのこと。アメリカン・ロックはそんなに好きなわけではなかったが、カーズは私にとって別格で、特に80年代中盤に発表した楽曲とビデオクリップは大好きだった。合掌。

 いったんホテルに戻り、少し作業してから、今度はバスに乗って釜石市立鉄の歴史館へ。釜石が江戸時代から鉄の産地だったこと、国策により製鉄の街となったこと、戦後復興を支えたこと、そして「鉄冷え」となって今に至る歴史を俯瞰することができた。新日鉄釜石ラグビー部の快挙について触れていたのは、ほんの少しだったのがちょっと残念。

 17時にホテルに帰着。明日の取材に向けた調べ物をして、20時にこちらの店で夕食。味はまあまあ美味しかったが、あまりにも騒がしい客がいたのが残念。食事が終わったらさっさと退散してホテルに戻り、残りの仕事をして22時30分就寝。

世界一危険 ウイングスーツ・ベースジャンプの現在

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