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宇都宮徹壱ウェブマガジン

Jヴィレッジで開催された、令和最初の「最も過酷な大会」 全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2019<決勝L篇>

「戻るべき場所」を目指す刈谷、わずかな可能性を信じた沖縄 全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2019<1次L篇>

「震災復興」の余韻や感慨に浸る余裕もなく

 日本のサッカーファンなら誰もが知っているけれど、実際に行く機会が限られている場所。それが、わが国初のナショナルトレーニングセンター、Jヴィレッジである。1997年のオープン以来、ここは日本代表やJクラブのキャンプ、さらには育成年代の大会会場として、幅広く利用されてきた。むしろ育成年代のウォッチャーにとっては、Jヴィレッジはお馴染みの場所なのかもしれない。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災、それに伴う福島第一原発事故によって、Jヴィレッジの役割は大きく変容することとなった。施設は否応なく国に移管され、政府、陸上自衛隊、警察、消防、そして東京電力による原発事故対応の最前線基地となった。震災から3年目の春にJヴィレッジを訪れた際、人工芝のピッチにプレハブの建物がずらりと並んでいたのを見て、強烈な衝撃を覚えたことを生々しく覚えている。

 その後、関係者のたゆまぬ努力により、18年の夏には一部営業再開、そして翌19年春には全面営業再開となったJヴィレッジ。そこで地域CLの決勝ラウンドが開催されるのは、いちサッカーファンとしてもやはり感慨深いものがある。決勝ラウンド1日目となる11月20日、いわき市内の宿泊先から常磐線に乗車し、木戸駅から徒歩25分でJヴィレッジを目指すことにした。もちろん、かなり時間の余裕を見ての出発であった。

 駅に到着してから、畑と住宅しか見えない道を黙々と歩く。ようやくセンター棟に到着してから、さて試合はどこで行われるのだろうと見渡すと、大会特有の空気がまったく感じられない。少し不安になって、地元住民と思しき60代くらいの男性に声をかけてみる。「私もここに来るのは、丸山桂里奈がマリーゼにいた時以来なもので」と、何とも心もとない答えが返ってきた。

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