宇都宮徹壱ウェブマガジン

「ゼルビア問題」を半世紀スパンで考える フットボリスタラボの講義より<1/2>

「肩書は、写真家・ノンフィクションライターです。普段はサッカーの試合を取材して、文章を書いたり写真を撮ったりしています。日本代表やJリーグはもちろん、ワールドカップからJリーグの下のカテゴリーまで幅広く取材しています」

 今月から利用させていただいている、西荻窪のコワーキングスペースで、私はこのように自己紹介している。相手がサッカーファンだったら、名前を言うだけで理解していただけることが多いが、そうでない場合は自分の仕事を丁寧に説明する必要がある。残念ながらわれわれの業界は、まだまだ一般社会ではマイナーな存在でしかない。

 いずれにせよ、私の場合はサッカーを「書く」「撮る」ことを生業としているわけだが、実はもうひとつ「語る」仕事も最近は増えている。大学の講義、イベントのモデレーター、TVやラジオでの出演、それから動画もある。今週はいつもの文体とは一味違う「語る」コンテンツを、実験的に提供することにしたい。

 昨年11月27日に「フットボリスタラボ」という場で、お話させていただく機会をいただいた。これはfootballistaが定期的に開催している勉強会で、外部から講師を招いて行われるもの。footballistaといえば「欧州最先端の戦術」がメインのイメージがあるが、今回は「FC町田ゼルビアの名称変更問題」というお題だったので、お引き受けすることにした。とはいえ、単に業界裏話を提供するだけではもったいない。

 そこで今回は、大学の講義で採用しているスタイルを導入した。身近にあるサッカーの話題を導入にして、時に写真や映像を用いながら縦横無尽な話題を提供し、最後に元のテーマに収斂させていくという手法である。とりわけフットボリスタラボでは、若い読者が多いだろうと踏んで、あえて歴史的な要素を意識的に盛り込むことにした。

 では、具体的な「歴史的な要素」とは何か? 私がチョイスしたのは、東京五輪。ただし2020年だけでなく、その前の1964年の東京五輪についてもふんだんに言及している。果たして「ゼルビア問題」について、2つの東京五輪を挟んで考察すると、何が見えてくるのだろうか。私の新たな「芸風」を、この機会にお楽しみいただければ幸いである。

<目次>

*ゼルビアは「ぽっと出のJクラブではない」!

*開幕当時のJリーグは「TVの向こう側の世界」

JSLを支えた「東京五輪のレガシー」とは?

*絶妙なタイミングだった1993年のJ開幕

*地方創生の変遷とIT企業による経営権取得

*なぜIT経営者は「TOKYO」にこだわるのか?

ゼルビアは「ぽっと出のJクラブではない」!

 本日はお忙しい中、また雨でお足元が悪い中、お集まりいただきありがとうございます。本題に入る前に、今日の受講者の大まかな属性を確認させてください。まず、この中で学生の方、挙手をお願いします──。なるほど、ほとんどの方が社会人ですね。では、もうひとつ。この中で「物心ついたときから、すでにJリーグがあった」という人は? なるほどなるほど、今度は半分くらいの方が挙手されましたね。よかった、ほぼ想定内です。ありがとうございました。

 今回、フットボリスタラボでお話させていただくにあたり、最初にイメージしたのは「若い人が多い」ということと「戦術に興味がある人がメインなんだろうな」ということでした。そこでいただいたお題が「FC町田ゼルビアの名称変更問題」。ゼルビアに関しては、関東リーグ時代から折に触れて見ていますし、2008年の地域決勝で優勝した瞬間も取材しています。ただ、この件についてはWMで書いた以上のことは、あまりお話できないんですよね。むしろ番記者の方に聞いたほうが、より精度の高い情報が得られるでしょう。

 では、私がこの場で皆さんに何を語るべきなのか。いろいろ考えた結果、今回の「ゼルビア問題」について、より幅広い視点で捉え直してみたい。ここでいう幅広い視点とは、時間軸です。つまり2019年の視点だけでなく、もっと過去に遡ったり未来に思いをはせたりしながら、この問題を考えてみたいということです。単に「IT企業がJクラブの株を買い取って、市場の論理でクラブ名を変えようとしている」という話で終わらせるつもりはありません。そこにもう少し、歴史的な視点を加えてみようと思うわけです。

 まずは、町田ゼルビアの基本的な知識について、おさらいしておきましょう。このクラブは、地域性とサッカーの歴史において、非常に特殊な背景があることを押さえて置く必要があります。「東京への帰属意識が非常に薄い」という地域性、そして「少年サッカーの伝統」という歴史。CA(サイバーエージェント)の藤田(晋)さんも、もちろんこれらの事情をご承知だったと思いますが、あらためて確認しておきましょう。

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