宇都宮徹壱ウェブマガジン

「今は少ないパイを奪い合うのではなく」 苦難のときの「Jと食」を考える<松本篇>

 久々の徹ルポである。

 徹ルポを自分なりに定義すると「メジャーでは扱わないニッチな取材対象」だけど「日本サッカー界にとって重要なテーマ」を「現地での入念な取材」によって明らかにする、ということになるだろうか。いわば当WMの真骨頂といえる徹ルポで、今回取り上げるのは「Jと食」。Jクラブとの紐帯を続けてきた飲食事業者が、このコロナ禍によって、どのような状況になっているのかを取材させていただいた。

 移動が厳しく制限されている昨今、残念ながら「現地での入念な取材」は諦めるしかなかった。それでもZOOMという新兵器を駆使しながら、たびたび取材で訪れてきた松本と今治の人脈を活かすことで、新たな徹ルポを完成させることができた。サポーターが集まるお店、クラブ直営のお店、食品を加工して売るお店、そしてスタグルの関係者。形態やクラブとの関わりはさまざまだが、いずれもコロナ禍の苦境に耐えながら、Jリーグ再開を強く待ち望んでいることに変わりはない。再びアウェー飯が楽しめる日を夢見ながら、最後までお読みいただければ幸いである。

<目次>

*「通い慣れた飲食店は生き残っているのだろうか」

*いつもと変わらぬ『やきとりハウスまるちゃん』

*緊急事態宣言以降、閉店したままの『喫茶山雅』

*他サポとの絆に支えられた『二宮かまぼこ店』

*バリィさんが目印の「バリメシテイクアウト」

*「コロナが明けたらアウェー飯」という共通の思い

「通い慣れた飲食店は生き残っているのだろうか」

 いつものように、平穏な朝がやってきた。

 わが家のベランダの向こう側には、中央線の高架が見える。マンションの4階と高架を行き来する電車は、ほぼ同じ高さ。朝の中央線はよく止まるので、朝食のパンを齧りながら電車の運行状況を無意識に目視するのは、われわれ夫婦の久しい習慣となっている。しかし緊急事態宣言の発令以降、カミさんの在宅勤務が常態化してからは、中央線の流れだけでなく天気さえも気にしなくなっていた。

 今日も朝のニュースは、新型コロナウイルスの話題で一色。わが家の日常は平和そのものだが、現在もウイルスは地球規模での感染拡大を続けており、世界中の人々が(地域は時期に多少の差はあれ)厳しい行動制限を強いられている。私自身の記憶をたどれば、最後に新幹線に乗ったのは2月19日、最後にサッカーの試合を取材したのは2月23日、最後にリアルな場でインタビューしたのは4月15日である。

 最近は会見を取材するのも、インタビューや打ち合わせをするのも、常にZOOM。時おり音声が途切れたり、インタビューカットが撮影できなかったり、といった難点は確かにある。しかし反面、移動のコストがかからないこと、会見で大人数での参加が可能となることなど、リアルな取材では得られないメリットもある。ゆえに移動が制限された今も、取材については基本的に困ることはない。

 とはいえ、やはりZOOMだけでは、どうにもならないこともある。たとえば、ホームとは明らかに異なる風景と空気感。目的地に辿り着いた時の安堵感と達成感。そして、その土地でしか味わえない酒と料理──。確かにZOOMは、何かと便利なツールではある。しかし画像や音声には、フィルターをかませたような「濁り」が常につきまとう。その濁りを取り払うには、やはりリアルに移動し、リアルに人と会い、リアルにコミュニケーションするほかない。

 全国に出されていた緊急事態宣言は、5月25日をもって、東京を含めすべて解除された。これを受けてJリーグは、再開に向けたロードマップを発表するはずで、遅くとも7月初旬には日常にフットボールが戻ってくることだろう。私自身も時期を見て、いずれ地方取材を再開したいと考えている。そこで心配になるのが「通い慣れた飲食店は、生き残っているのだろうか」ということである。

(残り 3493文字/全文: 5064文字)

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