宇都宮徹壱ウェブマガジン

負のイメージにまみれた「多様性の街」を救えるか? 「世界一のクラブ」を目指すクリアソン新宿<1/2>

 大手スポーツメディアが取り上げない、日本サッカーの知られざる現場を取材し、濃密なノンフィクションの筆致でお届けする「徹ルポ」。今回はかねてからの予告どおり、関東リーグ1部に所属するクリアソン新宿を取り上げる。実は本稿は、11月に発売を予定している新著の最後の章を飾ることになっている。

 ものすごく有名な選手や指導者、あるいはクラブ経営者がいるわけではない。そもそもアンダーカテゴリーのウォッチャーでも、クリアソンの存在をきちんと把握している人は少ないはずだ。かくいう私自身、かねてより親交があった柴村直弥選手が3年前にクリアソン(当時東京都リーグ1部)に移籍してなければ、今回の取材にはつながらなかったと思っている。

 なぜ試合会場が確保できない新宿に、Jを目指すクラブが生まれたのか。なぜ新宿に生きる人々は、クリアソンに多大な期待を寄せるのか。こうした疑問に加えて、このコロナ禍である。負のイメージにまみれた新宿で、クリアソンに関わる人々は何を考え、どんな未来を思い描いているのか。最後までお読みいただければ、なぜ本稿が書籍の最終章に選ばれたのか、きっとご理解いただけるはずだ。

<1/2>目次

*「東京」ではなく「新宿」からJを目指す

*大学のOBチームから「世界一のクラブ」へ

*井筒陸也があっさりJリーガーを辞めた理由

「東京」ではなく「新宿」からJを目指す

「今日の協議を受けて、リーグとクラブとの協議の中で濃厚接触の判定タイミングから試合を行わないことを確認しました。本日中止した試合についての代替日程に関しては、なるべく速やかに状況を注視しながら判断してまいりたいと考えています」

 新型コロナウイルスによって、再開後のJリーグで初めての試合中止が発表されたのは、7月26日のことであった(カードはサンフレッチェ広島対名古屋グランパス)。リモート会見からは、村井満チェアマンのかすかに落胆した様子が伺える。4カ月の中断期間を経て、満を持して再開されたJリーグ。だが、どんなに細心の注意を払ってもゼロリスクとはならない現実を、サッカーファンはまざまざと見せつけられることとなった。

 その前日の7月25日、私は久々に関東リーグ1部の試合を取材していた。ブリオベッカ浦安競技場にて、18時より行われたカードは、クリアソン新宿対東京ユナイテッドFC。地域リーグの場合、特に事前申請しなくても取材を断られることはまずないが、今回は「コロナ対策」ということで申請が必要だった。受付で名前を伝えると、まず検温と掌の消毒。そして直近の体調不良や海外渡航歴の有無を問われる。

「すみません、ご面倒をおかけして。私たちも初めてなもので」

 受付の女性スタッフにそう言われて、かえって恐縮する。関東リーグは当面の間、無観客のリモートマッチ。ピッチ上では、クラブカラーが紫のクリアソン、そして黄色いセカンドユニを着たユナイテッドの選手たちが、小雨の中でアップを続けていた。

 今季の関東リーグは、コロナの影響で前期のリーグ戦が中止となり、7月19日の後期リーグからスタート。ユナイテッドは流経大ドラゴンズ龍ケ崎に20で勝利していたが、クリアソンはVONDS市原FCとの試合が延期となり、今季の開幕戦は6日後に持ち越しとなった。延期の理由は、クリアソンの選手が保健所から「新型コロナの濃厚接触者である」との認定を受けたからだ。当該選手はPCR検査を受け、結果は陰性。しかしリーグ側は、その結果が出る前日の夜に、この試合の延期を決定した。

 延期と中止という表現の違いこそあれ、「コロナで試合が行われない」というアクシデントは、実はJリーグに先駆けて地域リーグで起こっていたのである。その当事者となってしまった、クリアソン新宿。今季から関東1部を戦う、大学OBチームを出自とするこのクラブこそ、今回の私の取材対象である。

 ここ最近、「東京からJを目指す」クラブが相次いで誕生している。興味深いのは、その多くが東京23区内をホームタウンとしていることだ。東京ユナイテッドFCは文京区、そのライバルである東京23FCは江戸川区。さらに下のカテゴリーに視線を向けると、東京都1部の南葛SCは葛飾区、2部の東京シティFCは渋谷区。そんな中、クリアソンは「東京」ではなく、あえてクラブ名を「新宿」としている。

 新宿という街が全国的に知られるようになったのは、1960年代後半というのが定説となっている。そのパブリックイメージは「前衛」「若者」「革命」であった。

 唐十郎が新宿の花園神社境内に、伝説的な紅テントを張ったのは67年8月のこと。新宿駅西口地下広場にて、反戦フォークゲリラが警察によって排除されたのが69年6月。その3カ月後には、藤圭子が『新宿の女』でデビューした。70年代から80年代にかけて、新宿は『太陽にほえろ!』のロケ地としてお馴染みとなり、高層ビルをバックにマカロニやジーパンやテキサスが疾走。90年代には、大沢在昌のハードボイルド小説『新宿鮫』シリーズが一斉を風靡し、真田広之の主演で映画にもなった。

 そして、2020年代。新宿のパブリックイメージは、残念ながら「新型コロナ」一色で塗りつぶされてしまった。

 西新宿の都庁では「女帝」と揶揄される都知事が「夜の街は控えて」を連呼し、歌舞伎町をはじめとする歓楽街の客商売は壊滅的な被害を被った。徒歩20分圏内のエリアで、為政者が身近な仮想敵を叩きまくるグロテスクな構図。そんな状況がメディアに流布され、新宿にはべっとりとコロナの負のイメージが塗り付けられて今に至っている。

 試合は、58分の先制ゴールを守りきったユナイテッドが、10で勝利した。それほど地力の差は感じられなかったが、トレーニング期間が極端に限られていたクリアソンは、明らかに不利に感じられた。今季の関東リーグは、後期9節のみで順位を決定する。加えて関東1部は、上がる気満々の強豪がひしめく激戦のリーグ。2部から昇格したばかりのクリアソンにとっては、厳しい現実を突きつけられた開幕戦となった。

(残り 4165文字/全文: 6642文字)

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