宇都宮徹壱ウェブマガジン

今こそ語ろう、水戸ホーリーホック激動の12年 沼田邦郎前社長に学ぶ「トップの去り際」<1/2>

 2週にわたってお届けする、水戸ホーリーホック特集。先週の小島耕社長に続いて、今週は沼田邦郎前社長のインタビューをお届けしよう。このところ、小島社長のメディア露出が増えている。それはそれで大変素晴らしいことだが、当WMとしては沼田前社長との連続性を強調しておきたい。換言するなら「沼田前社長は、何を小島新社長に託したのか」ということだ。あらためて、前任者が12年間の在任期間に達成したことを列挙してみよう。

・会社の体(てい)をなしていなかったクラブにガバナンスを導入した。

・「育成重視のクラブ」という基本コンセプトを確立した。

・最悪だった地元行政との関係性を正常化させた。

・リーマン・ショックと東日本大震災という2つの危機を乗り切った。

・クラブの知名度と価値を高めることに最大限の貢献をした。

 上記以外にも、トレーニング施設『アツマーレ』の完成、J1ライセンスの取得、新スタジアム構想の発表など、ここ数年の事例を加えてもいいだろう。だが、沼田さんが社長に就任した2008年当時、クラブはゼロどころかマイナスの状況だったことを、まず押さえておく必要がある。特に、最近のクラブの発展しか知らない世代には、沼田さんの回想は衝撃の一言に尽きるだろう。

 今回のインタビュー記事を読めば、小島新社長が引き継ぐものの重さが十分に理解できるはずだ。そして、もうひとつ注目したいのが、次世代に引き継ぐことの難しさ。12年間にわたって担ってきたものを、どのタイミングで誰に託すべきか。沼田さんが人知れず熟慮してきたことも、今回の取材から明らかになった。前社長が語る、水戸ホーリーホック激動の12年。最後まで、お読みいただければ幸いである。(取材日:2020年8月3日@水戸)

<1/2>目次

*「あなたがいなくてもホーリーホックは潰れないから」

*当初の目標は「水戸市にJリーグの火を消さないこと」

*「成長させるクラブ」のベースを作った萩原武久先生

「あなたがいなくてもホーリーホックは潰れないから」

──まずは12年間にわたる社長業、お疲れさまでした。小島さんに社長を引き継いで、現在の今のポジションはどのようなものなのでしょうか?

沼田 肩書きは、一般社団法人ホーリーホックIBARAKIクラブの代表理事になります。水戸ホーリーホックの方は、非常勤の取締役です。

──新社長の働きぶりは、どうご覧になっていますか?

沼田 水戸ホーリーホックは、どちらかというと「成長させるクラブ」だと思っています。選手もそうだし、指導者やスタッフもそう。その意味で、小島さんがこれまで培ってきたことをクラブに落とし込んでもらう一方で、彼自身が成長するためのステップアップの場にしてもらいたいな、とは思っていますね。

──今おっしゃった「成長させるクラブ」というのは、まさにそのとおりだと思います。選手で言えば、古くは田中マルクス闘莉王、パク・チュホ、最近では前田大然もそうですよね。監督でいえば、今季からベガルタ仙台で指揮を執る木山(隆之)さん。あとはモンテディオ山形の相田(健太郎)社長も、水戸で営業をやられていたそうですね。

沼田 そうです。選手にしろ、スタッフにしろ「水戸のような環境でやれたから、どこへ行っても大丈夫」というのがあるんじゃないですか? 今年、ウチからよそのクラブに移籍して「ようやくサッカー選手らしい暮らしができました」みたいなコメントを見かけましたが(苦笑)、それでいいと思いますよ。

 お金があればできることは、たくさんあります。けれども、われわれは無い知恵を絞ることを、ずっと続けてきました。それが止まってしまった時が、このクラブが終わる時だと思っています。こういうクラブが増えていけば、そこで成長して飛び出していく人も増えていく。だから絶対に間違った方向でないと、僕は思っていますね。

──ところで、7月19日のFC町田ゼルビアとのホームゲームの前に、退任セレモニーがあったそうですね。どんな心持ちで臨まれたのでしょうか?

沼田 実は直前まで知らされていなかったんですよ。2日くらい前にTwitterで知ったという感じで(苦笑)。それで小島さんに聞いたら「やるみたいですよ」と言われて、これはまいったなあと。実は僕、原稿を持たされると何も喋れなくなってしまうので。

──それは意外ですね。そういえば、沼田さんがまったく涙を見せなかったことも、社員の皆さんは意外に思われていたようですが。

沼田 そうそう。「12年間もやったんだから、普通は感極まるでしょ」とか「何で泣かないんですか?」とか、いろいろ言われましたけれど、そういった感情は一切湧いてこなかったですね。だって社長を辞めるだけの話で、これからもやることがいっぱいあるんだから、泣いている暇なんてないでしょ(笑)。

──とはいえ、激動の12年間だったのは間違いないと思うんですよ。

沼田 そりゃあ、激動でした。でも、これが感極まらないんですよね(笑)。

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