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あえて「外の世界」からサッカー界を考えてみる 鈴木啓太(AuB株式会社代表取締役)<1/2>

なぜ浦和レッズのレジェンドは腸内細菌のビジネスを始めたのか? 鈴木啓太(AuB株式会社代表取締役)【前篇】

なぜ浦和レッズのレジェンドは腸内細菌のビジネスを始めたのか? 鈴木啓太(AuB株式会社代表取締役)【後篇】

 浦和レッズのレジェンドで、今はAuB株式会社の代表取締役である、鈴木啓太さんのインタビュー。先週の動画篇に続いて、今週はテキスト篇をお届けする。今回は、インタビューの最後に「取材後記」を入れたので、さっそく本題に入ることにしたい。動画をまだご覧になっていない方は、併せてお楽しみいただければ幸いである。(取材日:9月8日@東京)

<1/2>目次

*「キャリアは変わるものではなく、変化するもの」

*「下手くそだから、いろいろ考えないといけない」

*「お金がなくなっていくことへの恐怖」で吐き気が

「キャリアは変わるものではなく、変化するもの」

──ここからは、鈴木啓太さんのキャリアについての考え方を中心に、お話を伺いたいと思います。先日の会見での質疑応答の中で、とても印象的なコメントがありました。確か質問が「サッカー選手からビジネスの世界に飛び込むというセカンドキャリアの選択は、結構大変だったのではないですか?」というものでした。鈴木さんの答えは「キャリアは変わるものではなく、変化するものだと考えています」。その真意について、あらためて教えていただけますでしょうか?

鈴木 サッカー選手を引退して、新たにビジネスを興したとしても、変わるのは肩書だけで、自分自身が変わるわけではありませんよね。仕事が変わっても、自分自身の人生やキャリアというものはずっと続いていくじゃないですか。僕自身、ずっとサッカー選手をやってきたわけですけれど、サッカーを通じて得た学びや人間関係というものがあって、それを次の仕事で活かしていくということで考えれば、それは「連続している」と言えます。

 僕の場合(引退後のイメージとして)考えたのが、60歳とか70歳になったときに、どんな人間でありたいか、ということでした。サッカー選手を辞めたあともカッコよくありたいですし、ビジネスの世界でも選手時代と同様にチャレンジすることを続けたい。サッカー選手というのは、その時の自分にとって最高に頑張れる仕事でした。その感覚は経営者となった今でも変わらずに続いているんですよね。

──なるほど。つまりサッカー選手であろうと、起業して社長になろうと、鈴木啓太であり続けることに変わりはないということですよね。では、引退後の職業について、現役時代はどのような葛藤がご自身の中にあったのでしょうか?

鈴木 最初に引退後のことを考えたのは、20歳くらいのときでしたね。「自分は30歳までサッカーできるのだろうか?」と考えたとき、そこから先の人生のほうが明らかに長いので、ずっとモヤモヤ考える時代が続きました。そうしているうちに、25~6歳のときですかね。07年とか08年とか、ちょうど浦和レッズが良かった時期ですよ。トレーナーと話していたときに「浦和レッズの年商って80億くらいだよね」っていう話になったんです。でも、それって中小企業規模ですよね?

──そうですね。

鈴木 中小企業規模なのに、それこそ人口の3分の1とか3分の2くらいの人が、浦和レッズの存在を知っているわけですよ。それくらいのバリューがあるのに、なぜ80億くらいの経営規模なんだろうって、ずっと疑問としてあったんですよね。たとえば自分の先輩でも、それくらいの規模の会社を経営している人たちって、いるんですよ。それでも知名度で言ったら、浦和レッズのほうが、ぜんぜん上ですよ。この差は何なのかなって思いますよね。

 そうかと思えば、誰もが知っている有名企業を退職して、Jクラブに転職する人っているじゃないですか。それこそ、年収が下がってでも「サッカーが好きだから」という理由で、こっちの世界に飛び込んでくる人たちが。もちろん、サッカーは素晴らしい競技ですけど、ビジネス的にはまだまだ認められていないんじゃないかと。そこは変えていけないかって、ずっと考えていました。

──そういう感覚って、サッカーの世界の中だけで過ごしていると、なかなか気づきにくい話ではありますよね。

鈴木 それは感じますね。たとえば現役時代、サッカーと関わりのない場所に行って、自己紹介するとするじゃないですか。所属チームを聞かれて「浦和レッズです」と答えると、「ああ、応援がすごいところね」くらいのリアクションしか返ってこないんですよ(苦笑)。これがサッカーファンの集まりだったら、浦和レッズや日本代表というものに対して、それなりの熱量が感じられるじゃないですか。でも、その枠から離れると、世間の人はそれほどサッカーに興味がないことを思い知らされるわけです。けっこうショックでしたね。

──よく日本のサッカーについて、ヨーロッパなんかと比べて「歴史がない」「文化がない」って言われますけれど、それは経済についても言えることですよね。

鈴木 そうなんですよ。これが200億とか300億規模のクラブが出てくれば、状況はぜんぜん変わってくると思うんですよね。だったら、それくらいのスポンサードができる企業を作りたい。そんなことを考えるようになったのが、27~8歳くらいのときです。

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