宇都宮徹壱ウェブマガジン

『フットボールネーション』休載から3カ月 「寛解」後に大武ユキが考えたこと<1/2>

 8月28日、ビッグコミックスペリオールで連載中の『フットボールネーション』休載と大武ユキさんの乳ガン治療が公表された。あえて公表に踏み切った背景には「検診と早期発見の重要性を伝えたかった」という、大武さん自身の判断があったという。それから3カ月後の11月27日に「無事に寛解」とツイート。多くのファンを安堵させた。

 今回の件で私が思い出したのが、脚本家で作家の向田邦子のことであった。彼女も46歳の時に乳ガンを患い、摘出手術を受けている。とはいえ今から45年も昔の話なので、当人や周囲に与えた衝撃は現代の比ではなかったはず。その強烈な体験が、表現者としての彼女に、少なからずの影響を与えたことは間違いない。『父の詫び状』の連載を開始したのは、手術の翌年のこと。その後、伝説的なドラマ『阿修羅のごとく』や『あ、うん』などの脚本を手掛け、1981年に飛行機事故に遭遇。51歳の若さで亡くなっている。

 今回、大武さんへのリモートインタビューで明らかにしたかったことが、3つあった。まず、今回のガン告知から寛解に至るまでの体験が、ご自身の死生観や漫画家としての表現に影響を与えるのかということ。次に、休載中に行われていたコロナ時代のサッカー界を、どのように見ていたのかということ。そして乳ガンを寛解した今、過酷極まりない漫画家生活について、どう感じているのかということ。

 いずれもデリケートなテーマである。加えて寛解から間もないこともあり、いつも以上の緊張感をもって臨んだインタビューとなったが、大武さんはいつもどおりのオープンマインドで応じてくれた。むしろ、あまりにもあっけらかんと答えてくれたので、いささか拍子抜けした感も否めない。だが、それこそが彼女の強さであり、表現者としての覚悟の表れであるようにも感じられた。

 今回のインタビューでは、佳境に入った『フットボールネーション』の今後の展開、そして作品世界がそのまま現実化したような今年の天皇杯についても語っていただいた。大武さんのファンはもちろん、多くのサッカーファン(特に女性)にも読んでいただきたい内容となっている。(取材日:2020年12月1日にオンラインにて実施)。

<1/2>目次

*「寛解」後も乳ガンとの長期戦は続く

*ガン告知を受けて「これで休める~!」

*なぜ「連載が止まってよかった」のか?

「寛解」後も乳ガンとの長期戦は続く

──大武さん、ご無沙汰しております。最後にお会いしたのが、ワールドカップ(ロシア大会)期間中のサンクトペテルブルク。あの時は、ウズベク料理のレストランでご一緒させていただきました。あれから2年半ですが、それほどお変わりなくて安心しました(笑)。げっそり痩せていたらどうしようと、内心ドキドキしていたんですけど。

大武 ロシアでお会いしたあと、実はちょっと不健康な太り方をしてしまいまして(苦笑)。「これは何とかしないと」と思っていたらガンになったんですけど。退院後、徹底的に身体を追い込んだら減量に成功して、ようやく2年半前の体重に戻りました(笑)。別に病気のせいで痩せるとかはないですね。

──大武さんのツイートで「寛解」という、普段あまり耳慣れない言葉を使われていました。これはガン治療では、よく用いられる言葉なのでしょうか?

大武 ガン以外の病気にも使われます。要するに「完治したわけではないけれど、とりあえず症状はおさまりました」とか「再発しないように気をつけましょうね」という意味で使われているようです。私の場合、女性ホルモンを吸収しながら大きくなるガンで、女性ホルモンを抑える薬を今後5年から10年は飲み続ける必要があるんです。そうすることで、再発を防止するという。

──なるほど。じゃあ、長期戦ということですね。

大武 そうですね。完全に治療から解放されたわけではなくて、今後も定期的に病院で検査を受けて、薬も飲み続ける必要があるんです。それが5年から10年となると、正直げんなりするんですけど(患者の)皆さん誰もがやっていることですからね。

──休載を発表してから寛解宣言をするまで、ずっと入院されていたんですか?

大武 いやいやいやいや、早かったですよ。入院していたのは5日間。5日目の朝には追い出されました(笑)。手術自体も、患部をざっくり切ってガン細胞を取り除いて、あとはリンパ節に転移していないかどうかを調べるだけでしたから。これが内臓だと、もう少し長く入院しなければならないでしょうが。退院後は仕事をせず、ただひたすらベッドの上で本を読み続けていました。幸い遺伝性のガンでないこともわかったので、その後、放射線治療を受けました。

──そうですか。放射線治療というと、慢性的な倦怠感に襲われるとか、髪の毛が抜けるといったことはなかったんでしょうか?

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