宇都宮徹壱ウェブマガジン

天皇杯「ベスト6」を果たした青年監督の素顔 小谷野拓夢(福山シティFC監督)<1/2>

「祝ベスト6 福山シティFC感動をありがとう!」

 福山市役所を取材で訪れると、このような横断幕が掲げられてあった。ベスト8ではなく「ベスト6」。これは昨年の天皇杯が、コロナ禍の影響で変則的なトーナメントとなったことに起因する(5回戦まではアマチュアのみで行われ、準々決勝からJ2とJ3の1位、そして準決勝からJ1の1位と2位が参戦)。初めて県代表となった福山シティFCは、2回戦から出場。FCバレイン下関、三菱水島FC、アルテリーヴォ和歌山、そして福井ユナイテッドFCに勝利して準々決勝に進出。結果「ベスト6」となった。

 川崎フロンターレの優勝で閉幕した、第100回天皇杯。しかし個人的には、この大会で最も輝きを放っていたのは、J1から数えて6番目のカテゴリーから本大会に出場し、J3王者のブラウブリッツ秋田に敗れたものの「ベスト6」の快挙を成し遂げた、福山シティFCであったと思っている。変則レギュレーションだったとはいえ、それでも彼らが成し遂げた快挙が色褪せることはない。そして、その福山シティFCを指揮していたのが「大卒1年目」で、当時「22歳」だった小谷野拓夢監督である。

 小谷野監督は、1997年生まれで茨城県出身。地元の鹿島学園高等学校から北陸大学に進学し、ツエーゲン金沢の黎明期に尽力した越田剛史教授の薫陶を受け、同大学でプレーしながら指導者としての研鑽に励む。そして昨年、22歳で福山シティFCの監督に就任。しかしコロナ禍の影響により、ピッチ場でのチーム作りに着手したのは6月以降、天皇杯の広島県代表を勝ち取ったのは8月23日のことだった。彼らが標榜する「攻守において主導権を握るサッカー」は、実のところ本大会での実戦の積み重ねで磨かれたものだったのである。

 今回のインタビューは、来月発売予定のフットボール批評の取材の一環で行われたものである。例によって「誌面におさまりきらない」「でも面白すぎる!」ということで、編集部の了承を得た上で、スピンオフ企画として掲載されることとなった。インタビュー記事を書き終えて、あらためて感じるのが「先入観の怖さ」である。「若いから」「アマチュアだから」「女性だから」「身体的なハンディがあるから」──。われわれメディアの人間は、そういったものをネガティブファクターとしてとらえ、クリック目当てに見出しに掲げる傾向がある。

 かくいう私自身、福山シティFCの記事を書く時に「県1部でありながら」とか「大卒1年目の指揮官」といったフレーズを少なからず使用してきた。注目度が高くないハーフウェイカテゴリーゆえに、そうしたフレーズを提示しないとネットでは読者の目に留まらないからだ。われながら、姑息だなと思う。それでも今回は「県1部だから」とか「23歳だから」といったエクスキューズを感じることなく、精いっぱいのリスペクトをもって取材させていただいた。なぜなら福山シティFCも小谷野監督も、紛うことなきプロフェッショナルであったからだ。(取材日:2021年1月18日@福山市)

<1/2>目次

*なぜ県1部のクラブに有望な選手が集まってくるのか?

*秋田戦までオン・ザ・プレーでの失点ゼロだった天皇杯

*雪でコンディショニングに悩まされた仙台での準々決勝

なぜ県1部のクラブに有望な選手が集まってくるのか?

──まずは昨シーズンの天皇杯について、振り返っていただきたいと思います。「ベスト6」という結果については、どう評価されていますか?

小谷野 昨シーズンの目標は2つあって、中国社会人リーグ昇格と、天皇杯でのJクラブ撃破でした。けれども前者は、コロナの影響で昇格の機会そのものがなくなり、後者については、準々決勝でブラウブリッツ秋田に敗れてしまいました。天皇杯で5試合を戦えたことでの収穫もありましたが、去年設定した目標に届かなかったのも事実です。なので、今季は必ず目標を達成できるように、チーム一丸となって臨んでいきたいなと思います。

──明日が新体制発表、明後日がチーム始動日ですが、監督として楽しみにしていることを具体的に教えていただけますか?

小谷野 やっぱり新たに加入する選手ですよね。10人いるんですが、自分たちのチームにマッチする選手を昨年5月からスカウティングしていたんですよ。そうやって集まってくれた選手たちの活躍というのも、楽しみにしているポイントですね。

──JFLや地域リーグのカテゴリーだと、選手を集めてテストをすることが多いと思うんですけど、福山の場合はひとりひとりの選手を入念にスカウティングしてからオファーを決めているのでしょうか?

小谷野 そうですね。選手からプレー映像が送られてくることもありますが、自分たちで出向いて発掘していくのが基本です。カテゴリーでいうと、J3JFLで試合に出場していない選手から、地域リーグ、大学生に関しても同様です。地域についても中国地方だけでなく、全国あちこちに出向いて5~60人はリストアップしました。

──5~60人ですか! 半端ないマンパワーが必要だと思うのですが。

小谷野 正直、めちゃくちゃ大変でしたね。自分たちの補強ポイントとマッチする選手をリストアップして、副代表の樋口(敦)さんとプレー映像を見ながら、絞り込みをしていくという感じです。もちろん予算の関係もあるし、わざわざ広島県リーグでプレーしてくれるかどうかという問題もあります。そういった、さまざまな条件をクリアして、今季入団する選手が10人ということです。

──補強のポイントというのは、例えばどんなところでしょうか?

小谷野 わかりやすいところでいうと、去年のチームは左利きの選手が1人しかいませんでした。今年は10人中、4人が左利きの選手です。もちろん選んだ理由は、それだけではありません。福山シティFCというクラブのビジョン、掲げている取り組み、そして目指すサッカーをきちんと理解していることも重要です。その上で、われわれがどういう意図でリストアップしたのかを説明させていただき、それを理解して初めて、クラブと契約を結ぶことになります。

──県1部のクラブで、そこまでやりますか!

小谷野 今の立ち位置は県リーグですが、このクラブのビジョンや取り組みに共感して、上のカテゴリーから移籍してくれる選手もいます。たとえば今季加入する、児玉潤というGKの前所属は、東京武蔵野シティFCです。去年はJFLで半分くらい出場しているんですが、われわれは3年前の大学時代の映像も入手しているんです。武蔵野では蹴り込むサッカーが多かったんですが、大学時代の映像を見るとテクニックのある選手であることがわかったので、練習参加をしてもらうことにしたんです。

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