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宇都宮徹壱ウェブマガジン

なぜ小林祐三はプロを辞めて関東リーグを選んだのか? クリアソン新宿に元Jリーガーが集まる理由<1/2>

 今週は「パンゾー」の愛称で知られる、クリアソン新宿の小林祐三選手のインタビューをお届けする。今年2月11日、新宿区の施設で行われた新体制発表会では、新入団の選手代表として登壇。「17年間、プロ選手として追求し続けてきたサッカーを、クリアソン新宿というクラブを通して新しい価値に変えて新宿の街に届けます」「JFL昇格を目指して、このメンバーと一緒に前に進んでいきます」と語っている。

 小林は1985年11月15日生まれで、現在35歳。静岡学園高校を卒業後にJリーガーとなり、柏レイソル(2004~10年)、横浜F・マリノス(11~16年)、サガン鳥栖(17~20年)でプレー。J1で365試合(5得点)、J2で70試合(1得点)という立派な記録を残している。日本代表のキャリアこそないものの、U-20代表として2005年のFIFAワールドユース(現U-20ワールドカップ)に出場。またU-22代表時代には、本田圭佑と北京五輪予選を戦っている。

 これほどのキャリアを持った元Jリーガーが、なぜ関東リーグ所属のアマチュアクラブに移籍したのか? 10年前の地域リーグであれば、小林は単なる「昇格請負人」と見られたことだろう。だが(当WMの読者はご存じのとおり)クリアソンは「サッカーもビジネスもできる」クラブであり、そのフィロソフィーに小林が共鳴したことで今回の移籍が実現した。もっとも、こうした考え方は彼に限った話ではない。今季、クリアソンに加入する他の元Jリーガーたちもまた、同様の理由で関東リーグでのプレーを選んでいる。

 今回のインタビューは小林自身のキャリア観のみならず、クリアソンというクラブが元Jリーガーのキャリアの受け皿となっている現状も明らかにしている。プロフットボーラーのキャリア形成に興味がある方、そして今でも「パンゾー」のことが気になる柏やF・マリノス、鳥栖のサポーターにも、お読みいただければ幸いである。最後に、今回の取材をアテンドしていただいた、クリアソンのキャプテン兼広報担当の井筒陸也さんには、この場を借りて御礼申し上げたい。(取材日:2021年1月27日、オンラインにて実施)

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*4年目でサガン鳥栖のキャプテンを拝命した背景とは?

*理想は「サッカーに対してほどよい距離感を保つこと」

*「本田圭佑が起業しているから自分も」というのは危険

4年目でサガン鳥栖のキャプテンを拝命した背景とは?

──今日はよろしくお願いします。まずは近況からお伺いしたいのですが、クリアソン新宿に合流したのはいつからですか?

小林 初出社もチームに合流したのも、同じ1月6日です。

──1月いっぱいまで研修中とのことですが、配属先は決まっていますか?

小林 決まっています。株式会社クリアソンには、3つの事業部があって、まずクラブを運営するクラブ事業部。Jクラブ風に言い換えると「フロント」です。次に、大学生の就活を支援するキャリア事業部。それと、アスリートの企業研修をパッケージにして企業にお届けする、アスリート事業部です。新入社員は2月になると、キャリア事業部の研修を受けて、そのあとに配属となります。僕はキャリア事業部とクラブ事業部の兼任になる予定です。

──パンゾーさんはJリーガー時代、2度の移籍を経験されていますが、これまでの移籍との一番の違いは何でしょうか?

小林 何もかもが違います。環境の変化と業務内容の変化というものを、自分の中で同時に受け入れながら学んでいく作業が必要になります。Jリーガー時代は、グラウンドとチームメイト、監督が変わるだけでした。今回はビジネスが加わることで、対応しなければならないことが多いです。しんどさもありますが、楽しさのほうが8割くらいですね。

──なるほど。クリアソンのことは、のちほどあらためてお聞きすることとして、その前に昨シーズンのことを振り返っていただきたいと思います。サガン鳥栖4年目、初めてキャプテンを拝命しました。一番の理由は何だったのでしょうか。

小林 2019年から20年は、チームの大半の選手が移籍して、まるっきり別のチームになることが予想されました。メンバーも若返る中、在籍年数が僕より長い同世代の選手は2人いたんですけど、キャプテンの役割と責任を担えるのは自分しかいないかなと思ったんです。それで(金明輝)監督と相談して、拝命することになりました。

──他の同世代の選手というと、高橋義希と豊田陽平ですね?

小林 そうです。彼らはキャプテンの経験はあるので、僕よりも適任だったのかもしれません。でも、彼らには純粋にサッカーに専念してもらいたかったし、自分も鳥栖で3年やってきたので、そろそろ責任ある立場を引き受けるべきなんだろうなという判断でした。もちろん、やれるという自信がなければ、立候補しませんでしたが(笑)。

──これは結果論ですが、2020年はクラブの経営難とコロナ禍というダブルパンチで、しかもチーム内でクラスターが発生するアクシデントもありました。キャプテンとして、必要以上に負荷のかかる1年でしたね。

小林 それこそ結果論で、だからこそ僕がキャプテンで良かったと思っています。毎日、状況が変化していく中で、クラブのフロントや現場スタッフとコミュニケーションを取りながら、選手としてのパフォーマンスを維持するということは、自分なりにできていたと思っていますので。もちろん、100点満点ではなかったと思います。それでも、自分にしかできないことはやれたと思いますし、僕自身もやって良かったなと思っています。それに長いプロ生活の中で、唯一やれていなかったのがキャプテンの仕事でしたから。

──最終節に(プロ)引退セレモニーがありました。そこでビデオメッセージを送ってくれたのが、権田修一選手と三浦知良選手。権田選手は元チームメイトでしたが、カズ選手はサプライズでしたよね。どこで接点があったんでしょうか?

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