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宇都宮徹壱ウェブマガジン

かつての「伝説のスカウト」が謙虚であり続ける理由 「育成のガンバ」を築き上げた男、二宮博<1/2>

 きっかけは、日刊スポーツのこちらの記事だった。今回登場する二宮博さんは、1994年から27年間にわたり、ガンバ大阪の生命線であるアカデミー組織を築き上げてきた人物である。ガンバのサポーターなら、この人に頭が上がらないだろう。現在の主力選手である、東口順昭、昌子源、井手口陽介、そして宇佐美貴史は、いずれも二宮さんがスカウト時代に獲得した選手たちである。

 二宮さんの実績は、選手獲得だけにとどまらない。40代半ばでアカデミー本部長になり、日本屈指のアカデミー組織を確立。ガンバの育成は、単にメソッドや設備が充実しているだけではなく、勉学とトレーニングに集中できる環境が整備されているのも特徴。一例を挙げると、追手門学院高校と提携して、Jクラブでいち早く平日15時30分から練習できるようになっている。ここから巣立った、堂安律、食野亮太郎、谷晃生、田中駿汰、林大地といった東京五輪世代の活躍を見れば、その成果は明らかだ。

 私がニッカンの記事を読んで、がぜん二宮さんに取材したくなった理由は2つあった。まず、59歳となった今年、27年間務めたガンバから去り、バリュエンスホールディングス株式会社で新たなキャリアをスタートさせたこと。実は当WMでは昨年、同社社長でガンバ大阪でのプレー経験もある、嵜本晋輔さんにインタビューしている(参照)。この「ガンバつながり」でのジョブチェンジが、気になったことがひとつ。

 そしてもうひとつ着目したのが、ガンバに来る以前の二宮さんが、地元の愛媛で中学の教員をしていたこと。もちろん、教職資格のある育成スタッフは、今のJクラブにも少なからずいるだろう。とはいえ、二宮さんが入社した94年は「育成のガンバ」以前の黎明期。現在のアカデミーの隆盛を築き上げた人物が、もともと中学教師だったという事実に、大いなる興味を抱かずにはいられなかった。

 現在はバリュエンスホールディングスにて、スポーツ関連の取り組みに従事する一方、社外広報活動の一環として、関西を中心におよそ20の大学で授業や講演(人材育成論、キャリア論、スポーツビジネス論など)を行っている二宮さん。多忙を極めている方だけに、恐る恐る大阪のオフィスに伺ったのだが、ご本人のあまりの謙虚さにかえって恐縮してしまった。本稿はガンバサポのみならず、育成に関心のあるあらゆる人に読んでいただきたい内容となっている。(取材日:2021年3月18日@大阪)

<1/2>目次

*バリュエンスホールディングス社長との不思議な縁

*愛媛の中学教師がガンバ大阪に迎えられた2つの理由

*争奪戦だった小島宏美とノーマークだった播戸竜二

バリュエンスホールディングス社長との不思議な縁

──今日はよろしくお願いします。いただいたお名刺に「社長室スポーツ事業担当シニアスペシャリスト」とあります。具体的に、どのようなお仕事なのでしょうか?

二宮 ご存じかと思いますが、弊社社長の嵜本晋輔は、ガンバ大阪で3年間プレーしてきました。現在は上場企業の経営者であるわけですが、自分がお世話になったスポーツ界に貢献したいという強い思いから、スポーツ関連の取り組みを行っております。一方の私は、中学校の教員として10年間、そしてガンバ大阪で27年間、合計37年間で培ってきた人材育成やスポーツビジネスの経験があります。それらを社会のために、少しでも還元していければと考えています。

──嵜本さんには昨年、取材をさせていただいているんですが、やはりスポーツ界への貢献というお話はされていましたね。それで今回の28年ぶりの転職ですが、嵜本さんのほうからオファーがあったのでしょうか?

二宮 いえ、私のほうから社長に「何かお役に立てることがありますでしょうか?」とお声がけさせていただきました。もともとバリュエンスホールディングスは、ガンバ大阪のスポンサーでもありました。また、社長のもうひとつの経営企業である、デュアルキャリア社のオークションによるプロジェクト『HATTRICK』で、Jリーグともつながりがあった方です。私もいろいろと共鳴する部分がありましたので、そういうお話をさせていただいたところ、こちらでお世話になることとなりました。

──嵜本さんは2001年、関西大学第一高校からガンバ大阪に入団していますが、当時はどんな感じだったのか、覚えていらっしゃいます?

二宮 もちろん覚えていますよ。実は嵜本社長の1学年上に森本圭太という選手がいまして、彼のほうが有名だったんですね。ガンバのアカデミー出身で、ジュニアユースからそのままガンバユースに来てくれると思ったら、関大一高に進学してしまったわけです。それで一度、高校の練習を見学に行ったんですが、そうしたら1年下の選手のほうに目を奪われてしまったと(笑)。

──それが、のちの嵜本社長だったと(笑)。

二宮 そうです(笑)。最初は森本選手の視察が目的だったんですけど、関大一高の練習場に行って心を奪われたのは嵜本社長でした。本当に「こんな選手、どこにいたの?」という感じで、それでクラブのほうに推薦させていただいた次第です。

──スカウトの仕事をされていると、最初のお目当てから目移りして、結果として別の選手を連れてくるというケースはわりとあるみたいですね。ガンバでの嵜本さんは、早野(宏史)監督時代にプロデビューを果たしたものの、その後はほとんど出場機会もなく3シーズンで公式戦4試合のみ。移籍先の佐川急便大阪で、2004年に現役を引退されます。およそ恵まれた選手時代ではなかったかと思いますが、ビジネスの世界でこれだけ成功されて、二宮さんの転職先となるというのも面白い話ですね(笑)。

二宮 本当に、人生とはわからないものです。

──その意味でいうと、中学校の先生だった二宮さんがガンバで働くようになるというのも、実に面白いキャリアだと思います。もともと生まれも育ちも愛媛県で、元日本代表の福西崇史さんを中学時代に指導されたということですが。

二宮 そうなんですけど、福西さんと出会ったのは私がトレセンの指導者をしていた時です。東京の巣鴨にある、三菱養和の会場で行われた全国中学選抜トレセン大会という、9地域の大会がありました。その時に私が指導者で、福西さんは四国中学選抜の選手だったんですね。当時は小柄でしたけれど、とても上手かったです。

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