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かつての「伝説のスカウト」が謙虚であり続ける理由 「育成のガンバ」を築き上げた男、二宮博<2/2>

かつての「伝説のスカウト」が謙虚であり続ける理由 「育成のガンバ」を築き上げた男、二宮博<1/2>

<2/2>目次

*練習参加で一発合格だった、小学6年生の鎌田大地

*本田圭佑を送り出す時、星陵の河崎先生に伝えたこと

*「今の私がいるのは播戸竜二さんのおかげなんです」

練習参加で一発合格だった、小学6年生の鎌田大地

──播戸さんのように、無名の選手が大成していくのは、確かにスカウトの醍醐味だと思います。その一方で、他クラブとの競合をどう制したのかという話も、非常に気になるところです。たとえば、先ほど「争奪戦」とおっしゃった小島宏美。1996年に東福岡高校から入団したわけですが、何が決め手だったのでしょうか?

二宮 小島さんの場合、おそらく「ガンバだったら試合に出場しやすい」という考えがあったのかもしれないですね。当時のガンバは、お世辞にも強かったわけではなかったので。加えて現在のような A契約、B契約、C契約というのもなくて、当時の高卒の年俸平均は1500万円くらいでした。実際、ガンバに入団してからの小島さんは、ごぼう抜きのようにレギュラーを獲得して、本人も手応えを感じていたと思います。

──当時を思い起こすと、正しい選択でしょうね。ヴェルディ川崎に入団したら、上がつかえていて出場機会は極めて限られていたでしょうし。それこそ、中田英寿がベルマーレ平塚を選んだ理由も、1年目でも中心選手として迎えられるという目算があったと思います。

二宮 実は私も、中田さんの在校時代、韮崎高校にダメもとでご挨拶に行ったことがあります。おそらくガンバには興味も関心もなかったと思いますが、そんな素振りは一切見せることなく、非常に礼儀正しかったことを今でも覚えています。サッカーだけでなく、勉学もかなりできた方だと聞いていますから、あれだけのキャリアを積み重ねていったのも当然だったんでしょうね。

──二宮さんのコメントとして聞くと、重みを増して感じられます。その後、ガンバユースが結果を出すようになって、二宮さんもトップチームのスカウトから、ユースチームのスカウトにシフトしていきます。つまり小中学生のタレントにフォーカスしていくわけですが、播戸さんのような無名の高校生を見つけるよりも、さらに難しいミッションだったと思います。そんな中で見出したのが、現在フランクフルトと日本代表で活躍している鎌田大地。彼との出会いは、偶然だったのでしょうか?

二宮 鎌田選手もまた、私と同郷の愛媛出身で、お父さんから連絡いただいたんですよ。今でも覚えていますが、夏の暑い日に小学6年生の鎌田選手が、ひとつ年上のガンバ大阪の中1のチームに練習参加したんですね。パッと見た時に、すでに合格レベルでした。ただし小学6年生ということで、当然リスクもあるわけですし、いろいろ慎重に見極める必要もありましたので、結局2日間を要することになりました。けれども私が見たところでは、すぐに「これは合格だな」と思いましたね。

──ここでいうリスクとは、やはり年齢の部分でしょうか?

二宮 それもありますが、当時は選手寮もありませんので、どこに住んで学校はどうするのかという問題がありました。鎌田選手の場合、たまたま「岸和田に親戚がいる」ということで、住まいの問題は解決しました。まあ、岸和田も実は遠いんですが(苦笑)。

──小学6年の頃の鎌田少年は、どんな感じだったのでしょうか?

二宮 技術的には申し分なかったですね。ただ上手いだけでなく、しなやかさも当時から持ち合わせていました。それこそ、中学時代の福西さんを思い出すくらいでしたよ。

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