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【無料公開】わが「心の師」が語る雑誌の黄金時代と50代への覚悟 佐山一郎(作家・編集者)2013年のインタビューより<1/2>

 待ちに待ったGWが到来! と思ったら4都府県への緊急事態宣言が発出され、当該自治体でのJリーグは無観客試合で行われることとなった。「来ないで」とか「移動しないで」とか、非常に残念な状況が続く中、当WMでは久々に過去のコンテンツを蔵出しして、無料でお届けすることにしたい。今回選んだのは、今から8年前の2013年に実施した、佐山一郎さんのインタビュー。私にとっての佐山さんは、書き手としての大先輩であり、勝手ながら「心の師」と仰ぐ存在でもある。

 佐山さんは1953年生まれ。『STUDIO VOICE』編集長を経て、フリーの作家・編集者として、さまざまなメディアで縦横無尽に活躍された。インタビューの取材対象はゆうに1000人を超え、その中には吉本隆明、ジャニー喜多川、ヨハン・クライフ、筒井康隆も含まれている。80年代半ばからはスポーツのジャンルにも進出し。『Number』の特派員として85年4月に行われたワールドカップ・メキシコ大会予選、北朝鮮対日本の取材で平壌も訪れている。

 このインタビューのテーマは、大きく2つ。まず、当時上梓された『夢想するサッカー狂の書斎 ぼくの採点表から』について(編集を担当した森哲也さんにも同席していただいている)。『フットボールサミット』で連載していた、佐山さんによるサッカー本の書評を一冊の書籍にまとめたもので、実はこれが2014年からスタートする「サッカー本大賞」につながっていく。そしてもうひとつが、佐山さんのこれまでの仕事について。雑誌文化が華やかだった、1980年代から90年代の証言は、出版不況が常態化した今となっては非常に貴重である。

 実はこのインタビューでは、個人的に重大なテーマを胸に秘めて臨んだ。それは「書き手にとっての50代とは、どのようなものか」というもの。当時47歳の私にとって、この年に還暦を迎えた大先輩に、直接問うてみたかったのである。あらためてインタビューを読み返してみると、佐山さんの当時の言葉がことごとく的中していることに気付かされた。トータル2万字弱に及ぶ、わが「心の師」へのインタビュー。ステイホームの気晴らしに、お楽しみいただければ幸いである。(取材日:2013年10月25日)

<1/2>目次

*書き手にとっての50代というステージ

*本の「診察室」としての責任感と愛情

*紙媒体でサッカー本を取り上げる意義

*サッカー情報の過多について思うこと

*「話のわかる編集長に救われてきた」

書き手にとっての50代というステージ

──どうもご無沙汰しております。今日、伺う前に近況を知りたくて佐山さんのブログを久々に覗いてみようとしたんですが、なぜかアクセスできませんでした。もう閉じてしまったんでしょうか?

佐山 ああ、ハッカーが入って来るんですよ。そろそろ復旧すると思うんですけどね。IT部門の相棒によると、今あちこちで被害続出のソフトウエアを使っているためなんだとか。彼は僕より13歳も若い、宇都宮先生と同じ47歳の優秀な人なんだけど、同世代や上の世代を見渡すと自分を含めて、もう、そっち方面が苦手な人ばっかりで……(苦笑)。

 雑誌不況の流れに関しては、予測も確認もできたけれど、IT革命にも対応しなければならなかったのは、言ってみれば紙と電子との並列化。時間を奪われるという点では、ちょっと誤算で厳しかった。それが、まあ、正直な感想です。

──佐山さんでも、そうお感じになりますか。ちょっと意外です。

佐山 あとはライフステージとしての親の介護ですね。「失われた」とまでは言わないけれど、50代の10年は出版不況とIT革命への対応、それとプライベートでの介護と相続問題。介護については、今年の1月に母を亡くしたことで終わったんですけど、やっぱり母親がいなくなると、心のどこかにぽっかり穴があくというか。

──そうでしたか。あらためてお悔やみ申し上げます。

佐山 事後処理もまた大変でね。で、なんとか目処がついて「仕事するっきゃないな」と思うようになったんです。久々にフルタイムで仕事がやれる喜びというのもありました。今回の書評集も、そうした中でやらせていただいたというのが、近況といえば近況ですね。

──書き手の50代って、いろいろ大変なんですね。

佐山 というか「50代は結構大変だよ」ってこと、あまり上の世代から聞かされないでしょ? 避けられない現実としてのステージに差し掛かっているんだ、覚悟はできてますかってことは、もっとアドバイスされたほうがいいと思いますね。

──私もあと3年で50なので、ちょっと身につまされますね。そろそろ本題に移りたいと思います。今回上梓された『夢想するサッカー狂の書斎』は、サッカー本の書評を集めた作品なんですけど、佐山さんの作品としては「VANから遠く離れて——評伝石津謙介」以来ということになりますでしょうか?

佐山 実はその間に、7月発売の電子書籍を1つ挟んでいたりするんです。

──あ、『ブレない「私」の作り方しのぎの時代のサバイバル読書術』(山城パブリッシング)ですね。こちらは電子書籍とオンデマンドでの販売だったようですが。

佐山 そうなんです。ところが、オンデマンドで本にしちゃうと、びっくりするほど哀れな教則本みたいな本作りになってしまうんですね。電書はKindle版で85%引きの250円におさえられても、オンデマンドペーパーバックのほうは、1680円。まあ、わかっててやったことですけど、ようするに自費出版に近いというのが実状ですね。

──そうした中で、久々に手にとって嬉しいというか「これぞ書籍」という作品を世に送り出されたわけですが、評判の方はいかがでしょうか?

佐山 まだわからないですね。『Number』の最新号ではブックディレクターの幅允孝さんが、実にもう好意的かつ同志的に書評してくれました。でも、たぶん新聞の扱いとかは冷たいんじゃないんじゃないですかね。時間はかかっても、どこかで火が点けばいいんだけど。

──書評といえば、佐山さんが『朝日』で書評の連載を持たれていたのは、2002年から09年までだったと思います。個人的にはもっと続いてほしかったと思っていますが。

佐山 最後の方は「あ、そろそろ終わりかな」って薄々感じるものです。フリーランスってそんなことの連続でしょ? ショッキングな戦力外通告の連続。一記事なんぼの世界で、でもそういう新陳代謝をしていかないと紙(誌)面が新しくならないんですよ。

 本当のメジャーな紙メディアって、今はもう5つか6つくらいしかないと思うんです。そこでの年寄りのコラムが長すぎるっていうのが、文化的な閉塞感を生んでいるんだと思っています。若い人と交互に隔週連載で面白さを競ったほうが「再分配」につながるはずなんだけど、なんだか既得権益化していてうんざりさせられますね。クビにして恨まれるのが恐いんだろうね。

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