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【無料公開】わが「心の師」が語る雑誌の黄金時代と50代への覚悟 佐山一郎(作家・編集者)2013年のインタビューより<1/2>

本の「診察室」としての責任感と愛情

──この本の骨子となっていたのが、『フットボールサミット』で連載していた「A REVIEW OF FOOTBALL BOOKS サッカー版『ぼくの採点表』」でした。これが全体の、だいたい半分くらいですかね?

佐山 いや、それ以上。過半数超えしています。

──そうでしたか。で、『サミット』のバックナンバーを読み直してみたら、連載開始が遠藤(保仁)特集の6号からなんですよね。そこで編集者の森さんにお聞きしたいんですけど、佐山さんに書評特集を定期的にお願いすることになった経緯は、どのようなものだったんでしょうか?

 佐山さんとお話する機会があったときに「最近の新刊評はダメだ。『サミット』でもっと網羅的にサッカー本を取り上げたほうがいいんじゃないか」って話になったんです。こちらとしては、ただ取り上げるのではなく、ズバッと点数もつけてほしいなと。最初は全部の本を取り上げるのは、そんなに難しくないと思っていたんですけど、意外や意外、毎月かなりの本が出ていて。

──本当にびっくりするくらい、出ていますよね?

佐山 2006年のワールドカップで、ジーコ・ジャパンがグループリーグで敗退したときに、サッカー・メディアも一気に沈滞したことを思えば、なおさらびっくりですよ。まあ日本代表の趨勢に、その都度左右されるというのもどこか哀しい話だけれど。

──とりあえず、技術系のハウツー本を外すという判断は正解でしたね。そっち方面の本もかなり出ていますから。

 そうですね。とりあえず、ハウツー本や技術系は外すという形でやりましょうということで、最初は佐山さんの他にも何人か入れてやりたいですよね、という話はしていたのです。それで最初は10冊くらい、佐山さんにやっていただいたんですけど、あの世界観はなかなか他の人には出せないというか、本当に一冊一冊、魂を込めて書いていただいていたので。原稿をいただく時には「もうヘトヘトになりました」って(笑)。

佐山 気分はもう、荒行。最後の方は抜かれて追いつけない日本代表の某ディフェンダー状態になりました(笑)。

──佐山さんご自身は「本の診察室」って書かれていましたけれど、これは言い得て妙だなと思いました。

佐山 ああ、それは、まえがきを書きながら思いついただけで、最初からそういうコンセプトだったわけではないんです。でも「診察室」としての責任感や愛情がなければ、なかなかできないとは思います。あるいは、変態偽医者のやる「お医者さんごっこ」的な面もあるのかなと(笑)。

 医者も親身になりすぎると、患者の精神的なダメージが伝染するみたいですよ。

佐山 そうだよね。お医者さんほど予防注射打ったり、薬を飲んでいる人はいないっていうからね。

──本を読むことが、時に苦痛に感じることってありません?

佐山 やっぱり書くこととは明らかに違う過呼吸な感じ。と同時に、確かな栄養になっていく実感はあります。読書力っていうのは、年齢を取ってからでも養えると思う。かえって目にいいっていう学説も出て来てますしね。ただ、本当にみんな本を読まなくなったっていうのはあるんですよ。PCやスマートフォンなんかでメディア環境が変わって、老眼が早く来るようになったのも一因なんじゃないですか。

──私も最近は老眼が入ってきましたね。細かい脚注が厳しくなってきて(苦笑)。

佐山 それは早いね! ただ、この本は若干文字を大きめにしていますよ。

紙媒体でサッカー本を取り上げる意義

──その昔『ライターになる!』(CWCレクチャーブックス)という実践マニュアル本の中で、佐山さんが「ブックライターを目指しなさい」とおっしゃっていて、フリーになりたての頃はその言葉を肝に銘じながらデビュー作に取り組んできました。今から15年以上前の話ですが、当時は今以上に書き手がすぐに書籍を出しにくい状況があったと思います。ましてやサッカー関連本なんて、非常に難しかったというのが実感です。

佐山 版元の自転車操業プラス、本屋さんの新書の棚が増えたというのもあるよね。新書って、昔は学者先生がちょちょいと書くような感じで、メジャー紙は書評欄で取り上げるのを嫌がっていたんですよ。スポーツ本の新書は自分がお願いして初めて取り上げてもらえたんじゃないですかね。もちろんハードカバーのほうがいいとは思うんです。いい加減な気持ちで出してしまうと、いつまでも証拠が残っちゃうよっていう点では同じことなんですけどね。

──例えば、いち読み手として書店のサッカーコーナーに行くんですけど「これ、絶対手に取らないよな」みたいなサッカー本って、残念ながら絶対にあるんですよ、私の場合(笑)。食べ物と同じで、好き嫌いっていうのは誰にでもあると思うんですけど、佐山さんは好き嫌い関係なくヘトヘトになるまで読み込むのがすごいと思います。

佐山 僕の場合、逆に「何でそれが嫌いになるのか」を知りたいというか。わだかまりを言語化したいというのがあったんじゃないかと思いますね。ただ、没入するための気力を蓄えるのが大変。締め切りがないとできないというか、むしろ締め切りに助けられているという部分もあるんだけど。人生もそうじゃない? いずれ死ぬんだから、せいぜい頑張ろうみたいな話でね(笑)。

──確かに、締め切りって大事ですよね(苦笑)。いずれにしても佐山さんは、日本で最もサッカー本を読んでいる人だと思うんですが。森さん、いかがですか?

 絶対、ほかにいないですよ。

佐山 僕自身、関連書籍以外のところで、サッカーに対して言いたいことって、もうあまりないんですよ。ただ、陸トラ兼用のスタジアムで、ピョンピョン飛び跳ねることもなく、より近くでジーっと(試合が)見られるような環境が当たり前になれば、すべてが良くなるとは思っているんです。まあ、このたびの大会フォーマットの変更(編集部註:15年から始まるJ1の2ステージ制導入のこと)については、球界との比較でちょっと書きましたけどね。

──ところで本書の多くは『サミット』での連載ですが、一方で『朝日新聞』や『週刊朝日』などの書評欄に掲載されたものも多く含まれています。専門誌以外の媒体でサッカー本を取り上げるのって、われわれが考えている以上に大変だったと思うのですが。

佐山 不特定多数の読む700万部を超す大新聞に関しては、今思えば「修行」でしたね。逆に2桁、3桁発行部数の少ない専門誌とかマイナーメディアに慣れてしまうと、数の重みに圧迫されることはないですよ。ただ、新聞にしても週刊誌にしても、ある意味で「権力」ですから、新刊評を真剣に書くことで著者から感謝されることも多かったです。大感謝祭の時代でもありました(笑)。

──そんな中、私も『週刊文春』で『幻のサッカー王国』(勁草書房)を、『朝日新聞』で『ディナモ・フットボール』(みすず書房)を取り上げていただいて、本当に感謝しています。

佐山 でも今、読み返すとなんか下手だったですね。反省しています。

──下手と言いますと?

佐山 もう少し「買ってくれ! 本屋さんに行ってくれ!」という存念みたいなものを込めて書くべきだったなと。比較すれば、今のほうが上手く書けている。それは確かです。サッカー以外の本でも、このところ上手く書けているなって思うことはあります。スタイルが出来たのかな? 決して自惚れではなく。

──「業界30余年」の佐山さんでも、そう思うことってあるんですね!

佐山 そりゃ、ありますよ。いや、思わせてください。だんだんよくなる法華の太鼓で、猿もおだてりゃ木に登る(笑)。

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