【サッカー人気3位】柏に完封勝利 宇賀神友弥は試合出場を目…

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幻の1940年、追憶の1964年、そして混沌の2020年 最年長サッカージャーナリスト、賀川浩が語る3つの東京五輪

「プロ野球や大相撲を除けば、スポーツ新聞記者の目標は五輪取材でした。五輪に居合わせるということは、われわれ記者にとって非常に大きな目標。ですから常に、五輪についての歴史や、それに関わる世界の情勢を注視していましたね。記者生活そのものが五輪だった。そう言っても過言ではないですね」

 Zoom画面の向こう側でそう語るのは、現役最年長のサッカージャーリストとして知られる賀川浩さん。1924年(大正13年)生まれの御年96歳である。元日本代表の賀川太郎を兄に持ち、ご自身もサッカーの名門として知られる神戸一中(現・兵庫県立神戸高等学校)で全国制覇も経験されている。2014年にブラジルで開催されたワールドカップでは、大会最高齢の記者として『FIFA.com』の取材を受け、翌年1月にはFIFA会長賞を受賞された。

 賀川さんといえば、これまで何度もワールドカップに関する著述を拝読してきた。けれども、五輪に関するものは意外と限られている。特攻隊員として終戦を迎えた賀川さんは、1952年に27歳で産経新聞に入社。そして40歳で迎えた1964年の東京五輪では、閉会式の模様を紙面で伝えている。賀川さんは1992年に定年退職しているが、五輪の取材は57年前の東京五輪が最初で最後だった。

「大会期間中は、内勤のデスクということで東京にいました。それでも、サッカーの試合だけは抜け目なく見ていたので、みんなから笑われましたね(苦笑)。日本はアルゼンチンに勝って、次の相手がガーナだったんだけど、記者席で僕の隣に座っていたのが巨人の長嶋(茂雄)さんと王(貞治)さんだったんですね(参照)。ふたりとも報知新聞の記者証を持っていました。当時のサッカーの扱いは『長嶋と王も来た』ということで、初めてニュースになったんですよ。今では想像もできないでしょうけれど」

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