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クラブ社長が語る「J2年代記」 松本山雅FCの場合<2/2>

クラブ社長が語る「J2年代記」 松本山雅FCの場合<1/2>

<2/2>目次

*J1昇格で「一目置かれる存在」となって

*8年間続いた反町政権の是非をめぐって

*この10年で山雅がJ2にもたらしたもの

■J1昇格で「一目置かれる存在」となって

 今から4年ほど前、Jリーグの村井満チェアマンに「近年のJ2のレベルアップを促したものは何か?」と尋ねたことがある。J1昇格プレーオフ導入と降格制度による残留争いに加えて、チェアマンが指摘したのが「J2の中にJ1を経験したクラブが増えたこと」。すなわち「J1の景色を見たクラブの存在は、明らかにJ2のレベルの引き上げに寄与している」というのがチェアマンの見立てであった。

 松本山雅FCJ2に出戻った2016年でいえば、北海道コンサドーレ札幌、清水エスパルス、セレッソ大阪、京都サンガF.C.などなど。22クラブ中、実に10クラブがJ1を経験している。もちろん、山雅もそのひとつ。J2ルーキーだった2012年とは異なり、J1を経験して戻ってきた16年の山雅は、周囲から一目置かれる存在となっていた。社長の神田も「どちらかと言うと、立場が上の方になっていました」と、その事実を認める。

「その頃には、売り上げもJ2の上位になっていましたしね。そういう意味では、相手もしっかり構えて戦ってくるようになりましたし、そのことで山雅らしさを押し出すのが難しくなってきた時期でもありました。それまでは、わりと泥臭いスタイルでしたけれど、今後はクオリティの部分をどんどん高めていかないとJ1には定着できない。その過渡期ということで、どこか小綺麗にまとまるようなサッカーになっていた印象はあります」

 この2016シーズンは、首位の札幌を2位の山雅がぴったり追う展開が続いた。ところが最終節直前の第41節、山雅はアウェーでFC町田ゼルビアに敗れ、清水に抜かれて3位に後退。最終節には勝利したものの、順位は変わらずプレーオフに回った。プレーオフ準決勝の相手は、6位のファジアーノ岡山FC。下馬評では山雅が有利と思われたが、アディショナルタイムの失点で12で敗れ、1年でのJ1復帰はならなかった。

 翌17年の山雅のイヤーブックに、私はこのようなコラムを寄稿している。

 プレーオフ敗退という、過去5シーズンで最大の挫折を経て、反町体制6年目のシーズンを迎えることとなった松本山雅FC。人間がそうであるように、チームもまた確実に年齢を重ねてゆく。かつての成長期を経て、すでに山雅は成熟期に入っている。換言するなら、J2にデビューした12年のような初々しさは、もはやチームには残っていないということだ。そして、怖いもの知らずのまま突っ走ることができた「若さ」こそ、実は山雅サポーターが失いたくなかった「何か」ではなかったか。

 おりしもこの頃から、シーズンが終わるたびに反町の去就を案じる声が、山雅サポの間で囁かれるようになっていた。それまで最長の監督在任は、アルビレックス新潟での5シーズン。5年目となる16年は、ひとつの区切りと当人も捉えていたはずだ。この年、大分や清水で監督経験のある、田坂和昭がヘッドコーチに招聘されている。「このまま政権移譲か」との憶測も流れたが、田坂は翌17年にJ3の福島ユナイテッドFCの監督に就任。何事もなかったかのように、反町体制の6年目がスタートする。

 しかし2017年シーズンは、スタートダッシュに失敗。ピッチ上でもゴール裏でも、どこかマンネリ化した空気が感じられるようになった。それでも終盤には4連勝し、第33節には4位にまで順位を上げたものの、最終的には19勝9分け14敗の8位で終了。このオフ、神田と反町との間で去就をめぐる、ギリギリの折衝が行われている。結果として7年目となる2018年も、引き続き反町がチームの指揮を執ることとなった。

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