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【無料公開】『〝サッカー旅〟を食べ尽くせ! すたすたぐるぐる 埼玉編』OWL magazine

OWL magazineによる初の書籍が送られてきた。いちおう私も執筆陣のひとりなのだが、それを差し引いても非常に素晴らしいサッカー本だと思い、急ぎご紹介することにしたい。まずは本書のメインライターである、中村慎太郎さんの「日本全国すたすたぐるぐる宣言」(まえがきに相当)から引用しよう。

わたしたちはサッカーを観るために、日本中を飛び回る。物好きだねと言われることもあるけど、サッカーを観るためだけに行っているわけではないのだ。
サッカーの試合はメインディッシュ。おいしく食べはするけれど、たったの2時間だけのお楽しみ。残りの時間は旅を満喫するのだ。
もしも、居心地のいい部屋から、テレビの画面を眺めているだけだったら──。
長野県松本市で、広大なアルプスを眺めながら山雅ビールを飲むことはできない。
おんせん県おおいたで、かぼすぶりのりゅうきゅうを食べながら、いいちこで喉を潤すこともできない。翌朝、温泉にゆっくり浸かることもできない。
広島県の宮島観光をした後であなご飯をかっこむこともできないし、今治の名物スナックで荒い洗礼を受けた後、大三島の醸造所で極上のクラフトビールを飲むこともできない。

この「すたすたぐるぐる」シリーズでは、全国47都道府県を毎回ひとつずつフォーカス。その土地のサッカー旅とスタグルを味わい尽くす、というのが基本コンセプトである。その栄えある第1回が、埼玉県。非常に絶妙なチョイスだと思う。第1回ということで、いきなり遠方地での取材を組むのはリスクがある。首都圏でフォーカスするならば、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県あたりが候補。いずれも複数のJクラブを有している。

このうち、ひとつの自治体に2クラブが集中しているのは、埼玉県のみ。2001年に浦和、大宮、与野の3市が合併、さいたま市が誕生したことにより、埼玉県の「サッカー王国」のイメージはさいたま市限定となってしまった。とはいえ、全国で5番目の人口(734万人)を誇る埼玉県。第3、第4のJクラブの胎動があってもおかしくない(実際、川口市や川越市にはそうした動きがある)。

一方で埼玉県といえば「旅する」というよりも「暮らす」イメージのほうが強い。実際、こちらの「住みたい街ランキング」によれば、大宮が4位で浦和が8位にランクインしているのに対し、観光イメージに左右されやすい都道府県魅力度ランキングでは、埼玉県は下から3番目の45位。しかしそこに「スポーツツーリズム」の要素を加えれば、実に見どころの多い県であることが理解できよう。その水先案内となり得るのが本書である。

もちろん、浦和レッズや大宮アルディージャのファン・サポーターにも、十分に楽しめる内容になっている。また他サポでも、アウェーで何度も訪れた大宮や浦和の風景を思い出しながら、さまざまな発見が得られるはずだ。だが、本書の素晴らしさはそれだけではない。本書の成り立ちそのものが、実に魅力的である。

まず執筆陣。サッカー本大賞の歴代受賞者が2人いるが、OWL magazineの読者(そして古株のアルビレックス新潟サポ)以外にとっては、ほとんど無名である。無印の書き手たちによるアンソロジー形式で、しかも(これまでありそうでなかった)「旅とサッカー」の本。おそらく既存の版元だったら、まず成立しなかった企画だろう。

この素晴らしい企画を成立せしめたのは「作りたい本を作るために会社を作ってしまおう!」という中村慎太郎さんの突破力。ライター兼タクシードライバーの彼は、今では本書の版元である西葛西出版の社長である。そして、クラウドファンディングによる制作費の調達など、早くもアイデア経営者としての手腕を発揮しつつある。残る46都道府県も、ぜひ形にしてほしい。私も及ばずながら、今後も力を貸す所存だ。定価1600円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

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